この記事で身につくこと

アーンド・ベーシス損害率の分子は発生保険金です。この記事を読み終えると、発生保険金の定義式を「なぜ備金の増減を足すのか」から説明できるようになり、備金が増えた年度・減った年度に損害率がどちら向きに動くかを、迷わず答えられるようになります。

記号と用語を日本語に直す

事故が起きてからお金が出ていくまでには時間があります。その途中の状態を表すのが支払備金です。

用語 英語 意味
支払保険金 Paid Loss 実際に支払ったお金
支払備金 Loss Reserve これから払うために積んでおくお金
発生保険金 Incurred Loss 支払義務が発生した分の合計

支払備金はさらに2つに分かれます。

用語 意味
普通支払備金 報告済みだが、支払額が未確定または未払いのもの
IBNR備金 既発生未報告(Incurred But Not Reported)の損害に対する備金

「既発生(Incurred)」は「支払済み(Paid)」より広い概念です。まだ1円も払っていなくても、事故が起きて支払義務が生じていれば既発生に入ります。保険会社にまだ連絡すら来ていない事故(IBNR)も、起きている以上は既発生です。

核になる式:なぜ備金の「増減」を足すのか

発生保険金 $L_{inc}$ の定義は次の形です。

$$L_{inc} = \text{当年度支払保険金} + (\text{当年度末支払備金} - \text{前年度末支払備金})$$

なぜ備金そのものではなく増減なのかを考えます。

支払備金は「これから払う予定の残高」です。残高そのものは、過去の年度に積んだ分も含んでいます。当年度の成績として計上すべきなのは、当年度に帳簿の上で動いた分だけです。

そこで、当年度に起きたことを2つに分けます。

  1. 実際に支払って、義務が消えた分 → 支払保険金
  2. 義務の残高が動いた分 → 備金の増減

備金が期首100から期末140に増えたなら、差の40が「当年度に新しく生じてまだ残っている義務」です。逆に期首100から期末0に減ったなら、差は $-100$ です。この100は当年度に支払われて支払保険金の側に計上されているので、備金側からは引かないと二重計上になります。

$$L_{inc} = \underbrace{\text{支払額}}_{\text{義務が消えた分}} + \underbrace{\Delta\text{備金}}_{\text{義務が残っている分の増減}}$$

引き算ではなく足し算で、$\Delta$ の符号が自動的に処理してくれるというのがこの式のうまいところです。

ここで一点、先に釘を刺しておきます。$\Delta$備金に入るのは当年度に発生した事故の分だけではありません。過年度に起きた事故について見積もりを見直した分も、同じ $\Delta$ に混ざって入ります。この「混入」こそが、会計年度統計の性質を決めることになります。次の数値例で、その様子を見てください。

数値例

ひとつの事故を2年度にわたって追いかけます。

  • 第1年度:事故が発生。100万円かかると見積もって備金に計上。支払いは0円。
  • 第2年度:示談が成立し、120万円を支払って解決。
支払額 期首備金 期末備金 $\Delta$備金 $L_{inc}$
第1年度 0 0 100 $+100$ $0 + 100 = 100$万円
第2年度 120 100 0 $-100$ $120 - 100 = 20$万円

2年度分を合計すると $100 + 20 = 120$万円。実際に支払った120万円と一致します。定義式が二重計上も計上漏れも起こさないことが確かめられました。

問題は第2年度です。この年度に新しい事故は1件も起きていないのに、20万円の損失が計上されています。これは第1年度の見積もりが20万円足りなかった分が、見積もりを直した年度の成績として現れたものです。

この例では解決と見直しが同じ年度に起きているので「解決した年度」と言っても同じですが、一般には違います。第2年度末に150万円へ増額し、第3年度に120万円で解決した場合なら、

支払額 $\Delta$備金 $L_{inc}$
第2年度 0 $150 - 100 = +50$ $+50$万円
第3年度 120 $0 - 150 = -150$ $-30$万円

となり、増額した第2年度に不利な差額が、解決した第3年度に有利な戻りが出ます。現れるのは「解決した年度」ではなく「備金を見直した年度」です。

試験ではこう出る

発生保険金は、それ自体を答えさせるより、損害率の分子として計算させる形で出ます。

  • 2018.2.3 — アーンドベーシス損害率について、会計年度統計ベースと会計年度−事故年度統計ベースの違いを問う。分子の作り方が両者で変わるところが論点。
  • 2020.1-1 — 会計年度と会計年度−事故年度の計算をさせる問題。優良戻し保険料や追徴保険料の扱いも絡む。

どちらも、備金の期首・期末の数値が表で与えられ、そこから分子を組み立てさせる形です。表から拾う数字を間違えなければ、計算は足し算と引き算だけです。

つまり、この記事の内容は暗記事項ではなく、損害率の分子を正しく組み立てるための前提であり、支払備金を本格的に扱う章に入る手前の土台でもあります。

つまずきポイント:備金が減った年度は損害率が「改善」する

符号の向きは、本試験の正誤問題でそのまま出ています。H28年度(2016年度)の問題V(3)から引きます。

ト. 当年度アーンドプレミアムおよび当年度インカードロスはそれぞれ次式で算出される。  当年度アーンドプレミアム = 当年度リトンプレミアム + 前年度末未経過保険料 − 当年度末未経過保険料  当年度インカードロス = 当年度ペイドロス + 前年度末支払備金 − 当年度末支払備金

公表されている解答は「ト誤」で、正しくは

当年度インカードロス = 当年度ペイドロス + 当年度末支払備金 − 前年度末支払備金

とされています。前半のアーンドプレミアムの式は正しく、後半のインカードロスの式だけが符号を逆にしてあるという作りです。1問の中で正しい式と誤った式を並べて、見分けられるかを問うています。

以下、その符号がなぜその向きなのかを詰めておきます。

過去に積んでいた備金が当年度に取り崩された場合、$\Delta$備金は負になります。したがって

$$L_{inc} = \text{支払額} + \underbrace{\Delta\text{備金}}_{\text{負}}$$

となり、発生保険金は小さくなります。ほかの条件が同じなら、発生保険金が小さくなった分だけ損害率は改善します。

「備金を取り崩した=お金が出ていった=成績が悪化」と考えてしまいがちですが、逆です。出ていったお金は支払額の側にすでに入っています。備金の減少は、残っている義務が減ったことを意味するので、損害率にはプラスに働きます。

もっとも、これは「$\Delta$備金が損害率をどちら向きに押すか」という話であって、その年度の損害率そのものが前年より良くなるという意味ではありません。備金を100取り崩しても、当年度の支払保険金がそれ以上に増えていれば損害率は悪化します。正誤問題で問われているのが符号の向きなのか、年度全体の結果なのかを読み分けてください。

もうひとつ、IBNRの定義も入れ替えられます。

$$\text{IBNR} = \text{既発生だが、まだ報告されていない損害} $$

この「既発生未報告」と「既報告未払」の入れ替えも、実際に出ています。

ロ. 支払備金の見積手法の一つである個別見積法は、既報告損害に係る個々の支払見込額を積算する方法であり、既発生未報告損害の見積もりに用いる。(H28年度問題V(1))

解答は「ロ誤」で、正しくは「既報告未払損害の見積もりに用いる」。同じ入れ替えはH25年度にも、算式見積法を主語にした形で出ています。Not Reported の Not を落とさないでください。

そして、発生保険金を「当年度に支払った保険金のみ」と定義してしまうと、それはリトン・ベーシスの分子であって発生保険金ではありません。

まとめ

  • 発生保険金 = 支払保険金 + 支払備金の増減。足し算の形で、増減の符号が自動的に処理される。
  • 見積もりのずれは、備金を見直した年度の成績として現れる。事故が起きていない年度に損失が出るのはこのため。
  • $\Delta$備金には過年度事故の見直し分も混ざる。会計年度統計の性質はここから来る。
  • 備金が減れば発生保険金は小さくなり、ほかが同じなら損害率は改善する。悪化ではない。