その名前をどこで見るか

ワン変換(Wang変換)、あるいはワンの保険料算出原理として出てきます。教科書では第7章(保険料算出原理)で、タクティクスも第7章の総合問題で扱っています。

考え方はこうです。損害額 $X$ の分布関数を $F_X(x)$ とするとき、その裾の確率 $S(x) = 1 - F_X(x)$ を、次のように歪めます。

$$S^*(x) = \Phi\left(\Phi^{-1}(S(x)) + h\right)$$

$\Phi$ は標準正規分布の分布関数、$h > 0$ はパラメータです。裾の確率を標準正規の世界にいったん写し、そこで $h$ だけずらしてから、確率に戻す。$0 < S(x) < 1$ である限り、この操作で裾の確率は元より大きくなります。

歪めた分布のもとで期待値を取ったものが、ワンの原理による保険料です。タクティクスの問題文では $P_{\text{Wang}}(X) = E(W_{X,h})$ という形で与えられます。

エッシャー原理との対比が分かりやすい

エッシャーの記事で扱ったエッシャー原理と並べると、発想の違いがはっきりします。

エッシャー原理 ワン変換
何を歪めるか 損害額に重み $e^{hx}$ を付ける 裾の確率そのものを大きくする
使う道具 積率母関数 標準正規分布の分布関数 $\Phi$
裾の重い分布 積率母関数が要る 分布関数さえあればよい

決定的な違いは最後の行です。エッシャー原理は分子・分母に積率母関数を必要とするため、パレート分布や対数正規分布のように裾の重い分布では計算が成り立ちません(これらの分布は正の $h$ で積率母関数が発散します)。ワン変換の歪め方は分布関数だけで定義できるので、この壁がありません。ただし、歪めたあとの期待値が有限であることは別途必要です。大災害のリスクを扱う場面で、この差は実務的な意味を持ちます。

どんな人だったか

シャオン・ワン(Shaun Wang)は現代のアクチュアリーです。ルンドベリ(20世紀初頭)、エッシャー(1930年代)、パレート(19世紀)といった他の人名と違い、この変換が提案されたのは1990年代後半のことでした。

損保数理の教科書に載る人名の多くは、100年前の数学者や統計学者です。そのなかでワン変換は、比較的新しい理論が試験範囲に取り込まれた例になっています。金融の世界でリスク尺度の議論が活発になった時期と重なっており、保険と金融の考え方が接近するなかで生まれた道具です。

なぜその概念が必要になったか

第10章(リスク評価の数理)には、VaR(バリュー・アット・リスク)やTVaR(期待ショートフォール)といったリスク尺度が出てきます。これらは「どれだけの損害を覚悟すべきか」を測る指標であって、それ自体は保険料ではありません。

一方、第7章の保険料算出原理は「いくら受け取るべきか」を決めます。この2つは別々の章にありますが、本来は地続きの問いです。リスクの大きさを測れるなら、その測り方に応じた保険料があってよいはずです。

ワン変換は、この橋渡しをします。裾の確率を歪めてから期待値を取る、という形は、歪みリスク尺度(distortion risk measure)と呼ばれる枠組みそのものです。歪め方を表す関数を取り替えれば、期待値・VaR・TVaRといった指標も同じ枠組みで書けます。ワン変換はそのうち、標準正規分布の分布関数を使う歪め方を選んだもの——$h = 0$ なら期待値に戻りますが、$h$ をどう動かしてもTVaRになるわけではありません。「リスクの測り方」と「保険料の決め方」を同じ言葉で語れるようになる点に、この変換の位置づけがあります。

試験ではこう出る

過去問での登場は26年度中10年度。計算問題としての出方は限られています。

  • 分布関数が簡単な形(一様分布など)のときに、変換後の保険料を計算させる形
  • $h$ の値を変えたときに保険料がどう動くかを比較させる形
  • エッシャー原理・期待値原理など他の原理との大小を比較させる形

タクティクスの解説にある「$X$ が $U(0,1)$ に従う場合、$0 \leq x \leq 1$ で $F_X(x) = x$ であるから」という一節が示すとおり、計算を成立させるために分布は単純なものが選ばれます。一様分布や指数分布で、$\Phi$ と $\Phi^{-1}$ を数表で往復する練習をしておけば足ります。

$h$ が大きいほど保険料が高くなる、$h = 0$ なら純保険料(期待値)に戻る。この2点を押さえておけば、選択肢の絞り込みには困りません。

まとめ

  • ワン変換は、裾の確率 $S(x)$ を $\Phi(\Phi^{-1}(S(x)) + h)$ に歪めてから期待値を取る保険料算出原理。
  • エッシャー原理が損害額に重みを付けるのに対し、ワン変換は確率のほうを歪める。歪め方の定義に積率母関数が要らないので、裾の重い分布でも壁にぶつからない。
  • シャオン・ワンは現代のアクチュアリー。1990年代後半の比較的新しい理論が試験範囲に入っている例。
  • 歪みリスク尺度の枠組みに属し、リスクの測り方と保険料の決め方をつなぐ。$h=0$ で期待値に戻る($h$ を動かしてTVaRになるわけではない)。
  • 過去問では26年度中10年度。一様分布など単純な分布で、$\Phi$ と $\Phi^{-1}$ を数表で往復する計算が中心。