この記事で身につくこと
クレーム総額 $S = X_1 + \cdots + X_N$ の分布を、実際に数値として求める方法の話です。この記事を読み終えると、パンジェーの再帰式の初期値と漸化式を書き下せるようになり、どの頻度分布に使えるのかを判定できるようになります。
複合ポアソン分布の記事で扱った $S$ の期待値・分散は、分布そのものではなくモーメントでした。ここでは分布の各点の確率を求めます。
記号と用語を日本語に直す
| 記号・用語 | 日本語 |
|---|---|
| $f_S(x)$ | クレーム総額が $x$ になる確率 |
| $f_X(y)$ | クレーム1件の額が $y$ になる確率 |
| $p_k$ | クレーム件数が $k$ 件になる確率 |
| $P_N(z)$ | 件数の確率母関数。$E[z^N] = \sum_k z^k p_k$ |
| $(a,b,0)$ クラス | $p_k = (a + b/k)p_{k-1}$ が $k \geq 1$ で成り立つ分布族 |
| 離散化 | 連続分布を、飛び飛びの値の分布に置き換えること |
確率母関数は積率母関数と同じ情報を別の変数で書いたもので、$z = e^t$ で対応します($P_N(e^t) = M_N(t)$)。離散分布では $z$ のべき級数の係数がそのまま確率になるので、こちらのほうが扱いやすくなります。
なぜ再帰なのか
代表的な計算手法は3つあります。再帰法(パンジェーの再帰式)、逆変換法(高速フーリエ変換など)、シミュレーション(モンテカルロ法)です。
このうち再帰法は、「ある値の確率を求めるのに、それより小さい値の確率を再利用する」という手法です。$f_S(0)$、$f_S(1)$、$f_S(2)$ と順に求めていき、$f_S(x)$ の計算では過去の結果をすべて使い回します。
件数を1件、2件、……と場合分けして畳み込みを重ねる素朴なやり方に比べると、同じ計算を繰り返さないぶん手数が減ります。総額を $0$ から $m$ まで、クレーム額を $0$ から $r$ まで取るなら、演算回数はおおむね $m$ と $r$ の積のオーダーです。
核になる式
$$f_S(x) = \frac{\displaystyle\sum_{y=1}^{\min(x,r)}\left(a + \frac{by}{x}\right) f_X(y) f_S(x-y)}{1 - a f_X(0)} \qquad (x = 1, 2, \dots)$$
初期値は
$$f_S(0) = P_N\left(f_X(0)\right)$$
使える条件は次のとおりです。クレーム額 $X_1, X_2, \dots$ が独立同分布で、$0, 1, 2, \dots, r$ の離散値を取ること。件数 $N$ がクレーム額と独立で、$p_k = (a + b/k)p_{k-1}$ を満たすこと。
$N$ と $X_i$ の独立性は見落としやすいので注意してください。巨大災害のように「件数が増えるときは1件あたりの額も大きい」という依存があると、次に使う $P_S(z) = E\left[P_X(z)^N\right]$ という関係そのものが成り立ちません。
初期値がなぜこの形になるか
初期値のほうが読みやすいので、こちらから見ます。
総額が0になるのは、「$k$ 件のクレームが起き、その $k$ 件すべての額が0だった」という場合に限られます。$X_1, \dots, X_k$ は独立同分布なので、$k$ 件すべてが0である確率は $\left[f_X(0)\right]^k$ です。したがって
$$f_S(0) = \sum_{k=0}^{\infty} \left[f_X(0)\right]^k p_k = P_N\left(f_X(0)\right)$$
最後の等号は、確率母関数の定義 $P_N(z) = \sum_k z^k p_k$ に $z = f_X(0)$ を代入しただけです。「1件が0円である確率」を母関数に放り込む——それだけの式です。
漸化式はどこから来るか
条件 $p_k = (a + b/k)p_{k-1}$ の両辺に $k$ を掛けます。
$$k p_k = (ak + b)p_{k-1} = a(k-1)p_{k-1} + (a+b)p_{k-1}$$
$ak + b = a(k-1) + (a+b)$ と分けたところが工夫です。両辺に $\left[P_X(z)\right]^{k-1}P_X'(z)$ を掛けて $k = 1, 2, \dots$ で足し上げます。
$S$ の確率母関数は $P_S(z) = \sum_{k=0}^{\infty} p_k \left[P_X(z)\right]^k$ です。これを $z$ で微分すると(合成関数の微分)
$$P_S'(z) = \sum_{k=1}^{\infty} k p_k \left[P_X(z)\right]^{k-1}P_X'(z)$$
これが左辺そのものです。右辺の2つの和も同じように読み替えられて
$$P_S'(z) = a P_S'(z) P_X(z) + (a+b) P_S(z) P_X'(z)$$
母関数についての関係式が1本立ちました。あとは両辺を $z$ のべき級数に展開し、$z^{x-1}$ の係数を比べます。高校数学の恒等式と同じ発想です。
$$x f_S(x) = a \sum_{y=0}^{\min(x,r)} (x-y) f_X(y) f_S(x-y) + (a+b)\sum_{y=0}^{\min(x,r)} y f_X(y) f_S(x-y)$$
$y = 0$ の項を分離します。第1の和からは $a\,x\,f_X(0)f_S(x)$、第2の和からは0です。残った和で $a(x-y) + (a+b)y = ax + by$ とまとめると
$$x f_S(x) = a x f_X(0) f_S(x) + \sum_{y=1}^{\min(x,r)}\left(ax + by\right) f_X(y) f_S(x-y)$$
両辺を $x$ で割り、$f_S(x)$ について解けば核になる式が出ます。$f_S(x)$ が両辺に現れるので、それをまとめた結果が分母の $1 - a f_X(0)$ です。
どの分布が使えるのか
条件 $p_k = (a + b/k)p_{k-1}$ が $k \geq 1$ のすべてで成り立つ分布族を $(a,b,0)$ クラスといいます。末尾の0は、$p_0$ から数えて漸化式が $k = 1$ 以降で成り立つ、という意味です。$k = 1$ を外して $k \geq 2$ から成り立たせ、$p_0$ を自由に置き換えた $(a,b,1)$ クラス(ゼロ修正・ゼロ切断の分布)という拡張もあり、そちらには別の初期値の式が要ります。
ポアソン分布、二項分布、負の二項分布の3つが、このクラスに属します。実務でクレーム頻度に使う分布は、ほぼこの3つです。
| 分布 | $a$ | $b$ |
|---|---|---|
| ポアソン $\mathrm{Po}(\lambda)$ | $0$ | $\lambda$ |
| 二項 $\mathrm{Bin}(m, q)$ | $-\dfrac{q}{1-q}$ | $(m+1)\dfrac{q}{1-q}$ |
| 負の二項 | $\dfrac{\beta}{1+\beta}$ | $(\kappa-1)\dfrac{\beta}{1+\beta}$ |
負の二項分布は $p_k = \binom{\kappa+k-1}{k}\left(\dfrac{\beta}{1+\beta}\right)^{k}\left(\dfrac{1}{1+\beta}\right)^{\kappa}$ とパラメータを取った場合です(平均 $\kappa\beta$)。教材によって $p$、$q$、$r$ など別の記号を使うので、表を写す前に定義を確認してください。ここで $\kappa$ を使ったのは、和の上限に出てくる $r$(クレーム額の最大値)と紛れないようにするためです。
ポアソン分布で確かめます。$p_k = e^{-\lambda}\lambda^k/k!$ なので
$$\frac{p_k}{p_{k-1}} = \frac{\lambda}{k} = 0 + \frac{\lambda}{k}$$
$a = 0$、$b = \lambda$ です。
ポアソンのときは式が軽くなる
$a = 0$ を代入すると、分母の $1 - a f_X(0)$ が1になります。
$$f_S(x) = \frac{\lambda}{x}\sum_{y=1}^{\min(x,r)} y f_X(y) f_S(x-y)$$
初期値も $P_N(z) = e^{\lambda(z-1)}$ から
$$f_S(0) = e^{-\lambda\left[1 - f_X(0)\right]}$$
割り算が1回だけ、分母の補正も要りません。試験で数値計算をさせるなら、まずこの形が出ると思っておいてよいでしょう。
数値例
件数がポアソン分布 $\mathrm{Po}(2)$、クレーム額が
$$f_X(1) = 0.5, \quad f_X(2) = 0.3, \quad f_X(3) = 0.2$$
($f_X(0) = 0$、$r = 3$)のとき、$f_S(0)$ から $f_S(3)$ までを求めます。$a = 0$、$b = \lambda = 2$ です。
初期値は $f_X(0) = 0$ なので
$$f_S(0) = e^{-2(1-0)} = e^{-2} \approx 0.1353$$
以下、$f_S(x) = \dfrac{2}{x}\displaystyle\sum_{y=1}^{\min(x,3)} y f_X(y) f_S(x-y)$ を順に回します。
$$f_S(1) = \frac{2}{1}\left[1 \times 0.5 \times f_S(0)\right] = 2 \times 0.5 \times 0.1353 = 0.1353$$
$$f_S(2) = \frac{2}{2}\left[1 \times 0.5 \times f_S(1) + 2 \times 0.3 \times f_S(0)\right] = 0.5 \times 0.1353 + 0.6 \times 0.1353 = 0.1489$$
$$f_S(3) = \frac{2}{3}\left[0.5 \times f_S(2) + 0.6 \times f_S(1) + 0.6 \times f_S(0)\right] = \frac{2}{3} \times 0.2368 = 0.1579$$
各段で使うのは、それまでに求めた値だけです。新しく計算するのは和のところだけで、過去の $f_S$ は表から引くだけ。これが再帰法の効きどころです。
検算もしておきます。$f_S(2)$ を定義どおりに数えると、「1件で2」と「2件でどちらも1」の2通りです。
$$P(N=1)f_X(2) + P(N=2)f_X(1)^2 = 2e^{-2}(0.3) + 2e^{-2}(0.25) = 1.1e^{-2} = 0.1489$$
一致しました。$x$ が小さいうちは直接数えられるので、再帰の最初の2、3項を手で確かめておくと安心です。
クレーム額が連続分布のとき
パンジェーの再帰式は、クレーム額が離散であることを前提にしています。連続型の場合は、離散化してから使います。代表的な手法が2つあります。
ラウンド法は、ある離散値の前後一定区間の確率を、その離散値の確率とする方法です。刻み幅 $h$ で離散化するなら、$x = jh$ の確率を「$(j - 1/2)h$ から $(j + 1/2)h$ までの確率」とします。素朴で実装が簡単です。
局所的モーメントマッチング法は、格子点 $0, h, 2h, \dots$ を先に固定したうえで、各格子区間における確率や局所的なモーメントが元の連続分布と整合するように離散確率を決める方法です。限定期待値 $LE(d) = E\left[\min(X, d)\right]$ を使って各格子点の確率を組み立てる形が代表的で、平均が保たれるといった性質を持ちます。ラウンド法より分布の形の再現が良くなることがあります。
離散化した時点で誤差が入るので、刻み幅をどう取るかが実務上の判断になります。細かくすれば精度は上がりますが、$r$ が大きくなって計算量が増えます。
試験ではこう出る
- $a$、$b$ を与えて、$f_S(0)$ から $f_S(3)$ 程度までを順に計算させる形
- ポアソン分布の場合の簡略形を書かせる形
- 与えられた頻度分布が $(a,b,0)$ クラスに属するかを判定させる形
- ラウンド法で離散化させてから再帰を回す形
計算は四則演算だけですが、$f_S(0)$ を間違えると以降がすべてずれます。初期値は母関数に $f_X(0)$ を入れる、という一点を確実にしてください。
つまずきポイント:$f_X(0)$ が0でないとき
クレーム額が0を取る確率 $f_X(0)$ は、0のこともあれば正のこともあります。免責が設定されていて「事故は起きたが支払は0」という状態を含めるなら、$f_X(0) > 0$ です。
$f_X(0) > 0$ だと、初期値 $f_S(0) = P_N(f_X(0))$ が単なる $p_0$ より大きくなります。「クレームは起きたが総額は0」という場合が加わるからです。また分母の $1 - a f_X(0)$ も1から離れます。
逆に $f_X(0) = 0$ なら $f_S(0) = P_N(0) = p_0$、分母は1です。問題文が「クレーム額は1以上」と書いているかどうかで、式の形が変わります。
もうひとつ、和の上限 $\min(x, r)$ の $r$ はクレーム額が取りうる最大値です。$x$ が $r$ より小さいうちは $x$ が上限になります。上限を機械的に $r$ と書くと、$f_S$ の引数が負になって止まります。
まとめ
- パンジェーの再帰式は、$f_S(x)$ を $f_S(0)$ から $f_S(x-1)$ までの結果を再利用して求める手法。計算量が大きく減る。
- 初期値は $f_S(0) = P_N(f_X(0))$。「1件が0円である確率」を件数の確率母関数に代入するだけ。
- 漸化式は、母関数の関係式 $P_S' = aP_S'P_X + (a+b)P_SP_X'$ を作り、両辺の係数を比較して出す。
- 使える頻度分布は $(a,b,0)$ クラス。ポアソン・二項・負の二項の3つ。ポアソンは $a=0$、$b=\lambda$ で式が軽くなる。
- 適用条件は、クレーム額が独立同分布の離散分布であること、件数がクレーム額と独立であること。件数との独立性を落とすと母関数の関係式から崩れる。
- クレーム額が連続なら離散化してから使う。ラウンド法と局所的モーメントマッチング法の2つが代表的。