この記事で身につくこと
クレーム総額は、件数と1件あたりの金額の両方が動きます。この記事を読み終えると、複合分布の平均と分散を条件付き期待値から導けるようになり、分散に2つの項が出る理由を説明できるようになります。再生性を使った計算の省略まで扱います。
記号と用語を日本語に直す
1年間のクレーム総額を $S$ とします。
$$S = X_1 + X_2 + \cdots + X_N$$
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| $N$ | クレーム件数(確率変数) |
| $X_j$ | $j$ 件目のクレーム額(確率変数) |
| $S$ | クレーム総額 |
仮定は2つです。$X_1, X_2, \dots$ は互いに独立で同じ分布に従い、$N$ とも独立とします。
$N$ がポアソン分布 $\mathrm{Po}(\lambda)$ に従うとき、$S$ の分布を複合ポアソン分布と呼びます。
ここで、リスクの見方が2通りあることも押さえておきます。
| モデル | 見方 |
|---|---|
| 個別的リスクモデル | 契約1件ごとに保険金 $Y_i$ を考え、$S = Y_1 + \cdots + Y_n$($n$ は契約数で固定) |
| 集合的リスクモデル | 集団全体で事故が何件起きるかを考え、$S = X_1 + \cdots + X_N$($N$ が確率変数) |
損保数理で主に扱うのは集合的リスクモデルのほうです。契約数ではなく事故件数を確率変数に置くので、契約が増減しても $\lambda$ を動かすだけで済みます。
核になる式:条件付き期待値で件数を固定する
$S$ の平均と分散は、次の2本です。
$$E[S] = E[N]\,E[X], \qquad \operatorname{Var}(S) = E[N]\operatorname{Var}(X) + \operatorname{Var}(N)\left(E[X]\right)^2$$
導出の一手は、件数 $N$ をいったん固定することです。$N = n$ と分かっていれば、$S$ はただの $n$ 個の和です。
$$E[S \mid N = n] = n\,E[X], \qquad \operatorname{Var}(S \mid N = n) = n\operatorname{Var}(X)$$
平均は、条件付き期待値の性質から
$$E[S] = E\left[E[S \mid N]\right] = E\left[N\,E[X]\right] = E[N]\,E[X]$$
分散は全分散の公式を使います。
$$\operatorname{Var}(S) = \underbrace{E\left[\operatorname{Var}(S\mid N)\right]}_{\text{件数を固定したときのばらつき}} + \underbrace{\operatorname{Var}\left(E[S \mid N]\right)}_{\text{件数そのもののばらつき}}$$
第1項は $E[N\operatorname{Var}(X)] = E[N]\operatorname{Var}(X)$、第2項は $\operatorname{Var}(N\,E[X]) = \operatorname{Var}(N)(E[X])^2$。足せば上の式です。
分散に2つの項が出るのは、ばらつきの原因が2つあるからです。金額のばらつきと、件数のばらつき。片方だけでは足りません。
ポアソンのときは1本にまとまる
$N \sim \mathrm{Po}(\lambda)$ なら $E[N] = \operatorname{Var}(N) = \lambda$ なので
$$\operatorname{Var}(S) = \lambda\operatorname{Var}(X) + \lambda\left(E[X]\right)^2 = \lambda\left\{\operatorname{Var}(X) + \left(E[X]\right)^2\right\} = \lambda\,E[X^2]$$
$$E[S] = \lambda\,E[X], \qquad \operatorname{Var}(S) = \lambda\,E[X^2]$$
分散が2次モーメントだけで書けます。ポアソンで平均と分散が等しいことが効いています。分散を出すのに $\operatorname{Var}(X)$ を経由する必要がありません。
数値例
年間の平均事故件数が $\lambda = 100$ 件、1件あたりの損害額が平均50万円の指数分布に従うとします。
指数分布では $E[X] = 50$、$\operatorname{Var}(X) = 50^2 = 2{,}500$、したがって
$$E[X^2] = \operatorname{Var}(X) + \left(E[X]\right)^2 = 2{,}500 + 2{,}500 = 5{,}000$$
総額の平均と分散は
$$E[S] = 100 \times 50 = 5{,}000 \text{(万円)}$$ $$\operatorname{Var}(S) = 100 \times 5{,}000 = 500{,}000, \qquad \text{標準偏差} = \sqrt{500{,}000} \fallingdotseq 707 \text{(万円)}$$
平均5,000万円に対して標準偏差は707万円。変動係数は $707/5{,}000 = 14.1\%$ です。
内訳を見ておきます。
| 由来 | 式 | 値 | 割合 |
|---|---|---|---|
| 金額のばらつき | $\lambda\operatorname{Var}(X)$ | $250{,}000$ | 50% |
| 件数のばらつき | $\lambda\left(E[X]\right)^2$ | $250{,}000$ | 50% |
指数分布では $\operatorname{Var}(X) = (E[X])^2$ なので、ちょうど半分ずつになります。この比率を決めるのは、平均に対する散らばりの大きさ(変動係数)です。平均をそろえて比べたとき、散らばりの大きい——裾の重い——分布ほど金額側の寄与が大きくなります。
件数を10倍の $\lambda = 1{,}000$ にすると、平均は10倍、分散も10倍、標準偏差は $\sqrt{10}$ 倍です。変動係数は $1/\sqrt{10}$ に縮んで $4.5\%$。規模が大きいほど相対的なばらつきが小さくなる、というのがここから読めます。
試験ではこう出る
複合ポアソン分布は、平成12年度以降の損保数理で26年度中17年度に登場します。第2章の中心論点であるだけでなく、第8章の危険理論(破産確率)でも土台として使われます。
出題は、$E[S]$ と $\operatorname{Var}(S)$ を計算させる形が基本です。クレーム額の分布が指数・パレート・対数正規と年度によって変わるので、$E[X^2]$ を出せるかが分かれ目になります。
再生性を使う問題も出ます。独立な複合ポアソン $S_1 \sim (\lambda_1, F_1)$ と $S_2 \sim (\lambda_2, F_2)$ の和は、また複合ポアソンになります。
$$S_1 + S_2 \sim \left(\lambda_1 + \lambda_2,\ \frac{\lambda_1 F_1 + \lambda_2 F_2}{\lambda_1 + \lambda_2}\right)$$
件数のパラメータは足し算、金額の分布は件数で重み付けした混合になる、という形です。「再生性」の語そのものは26年度中4年度と多くありませんが、種目をまとめる問題や再保険の問題で実質的に使います。
つまり、この記事の内容は暗記事項ではなく、第2章と第8章の計算をつなぐ前提です。
つまずきポイント:分散の第2項を落とさない
いちばん多い取り違えは、分散を $\lambda\operatorname{Var}(X)$ だけで済ませてしまうことです。
$$\operatorname{Var}(S) = \lambda\operatorname{Var}(X) \qquad (\text{誤り})$$
上の数値例なら $250{,}000$ となり、正しい $500{,}000$ の半分です。標準偏差では500万円と707万円の違いになります。保険のモデルのように平均クレーム額が正で、件数にもばらつきがある以上、件数のばらつきの寄与が必ず残ります。
$E[X^2]$ と $\operatorname{Var}(X)$ を取り違える。ポアソンのときの $\operatorname{Var}(S) = \lambda E[X^2]$ は、2次モーメントであって分散ではありません。$E[X^2] = \operatorname{Var}(X) + (E[X])^2$ の関係を挟み忘れると、平均の2乗の分だけ小さく出ます。
$N$ と $X$ の独立性を確認する。上の式は $N$ と $X_j$ が独立であることを使っています。件数が多い年ほど1件あたりも大きい、というような相関がある設定では成り立ちません。問題文が独立と書いているかを先に確認してください。
個別的リスクモデルと混ぜない。個別的リスクモデルでは契約数 $n$ が固定なので、$\operatorname{Var}(N)$ の項はありません。どちらのモデルで聞かれているかで、分散の式が変わります。
まとめ
- クレーム総額 $S = X_1 + \cdots + X_N$ は、件数と金額の両方が動く複合分布。
- 平均は $E[N]E[X]$、分散は $E[N]\operatorname{Var}(X) + \operatorname{Var}(N)(E[X])^2$。件数を固定する条件付き期待値から導ける。
- 分散の2項は、金額のばらつきと件数のばらつきに対応する。片方だけでは足りない。
- ポアソンなら $E[S] = \lambda E[X]$、$\operatorname{Var}(S) = \lambda E[X^2]$ と2次モーメントだけで書ける。
- 独立な複合ポアソンの和はまた複合ポアソン。$\lambda$ は足し算、金額分布は $\lambda$ で重み付けした混合。