この記事で身につくこと

事故年度統計で当年度の損害率を正しく出せたとします。ではその数字をそのまま来年度の保険料計算に使ってよいでしょうか。答えは「使えない」です。この記事を読み終えると、トレンドファクターとLDFがそれぞれ何を修正しているのかを一言で説明でき、リンク比から最終損害額までのLDFを組み立てられるようになります。

記号と用語を日本語に直す

修正の道具は2つです。

用語 英語 何を直すか
トレンドファクター Trend Factor インフレ等による年度間の価値の変化
LDF(損害進展係数) Loss Development Factor 同一年度の事故が解決に向かう時間経過での変化

LDFの背景にあるのが、発生保険金の未成熟さです。

用語 意味
IBNR 既発生未報告。事故は起きているが保険会社にまだ報告されていない
ロスの進展 時間が経つにつれて未報告分が判明し、備金が修正されて損害額が動くこと
最終損害額(Ultimate Loss) すべて解決したときの最終的な金額

トレンドのモデルは2種類あります。

モデル 仮定
線型トレンド $Y_t = a + bt$ 毎年一定額ずつ増減
指数トレンド $Y_t = a \cdot b^t$ 毎年一定率ずつ増減

インフレや医療費の高騰は率で効くので、指数トレンドが適する場面が多くなります。

核になる式:対数をとると回帰に持ち込める

指数トレンドは、そのままでは線型の最小二乗法にかけられません(非線型最小二乗法を使う手はありますが、試験でその計算をさせることはありません)。両辺の対数をとります。

$$Y_t = a \cdot b^t \;\Longrightarrow\; \log Y_t = \log a + (\log b)\, t$$

左辺を $Y'_t = \log Y_t$、右辺の定数を $A = \log a$、$B = \log b$ と置けば

$$Y'_t = A + Bt$$

線型回帰と同じ形になりました。対数をとったデータで回帰分析を行い、得られた $A, B$ を指数に戻せば $a, b$ が求まります。指数トレンドを扱うときは、まず対数をとる。これが試験での定石です。

LDFのほうは、掛け算で組み立てます。ある事故年度の損害額が、1年経過時点から2年経過時点へ何倍になったか、という比をリンク比と呼びます。

$$\text{リンク比}_{1 \to 2} = \frac{\text{2年経過時点の損害額}}{\text{1年経過時点の損害額}}$$

1年経過時点のデータを最終損害額まで引き上げるには、そこから先のリンク比をすべて掛け合わせます。

$$LDF_{1 \to \text{最終}} = r_{1\to2} \times r_{2\to3} \times r_{3\to4} \times \cdots$$

数値例

契約年度ごとの損害額の推移(三角表)です。単位は千円とします。

契約年度 1年経過 2年経過 3年経過 4年経過(最終)
第1年度 16,134 16,618 16,784 16,449
第2年度 16,413 17,070 17,241
第3年度 15,879 16,197

第1年度の1年経過から2年経過へのリンク比を出します。

$$\frac{16{,}618}{16{,}134} \approx 1.03$$

同じ計算を各年度・各期間について行うと、次の表になります。

期間 1年→2年 2年→3年 3年→4年
第1年度 1.03 1.01 0.98
第2年度 1.04 1.01
第3年度 1.02
平均 1.03 1.01 0.98

1年経過時点のデータには、まだ2年目・3年目・4年目の変化が残っています。そこで平均リンク比をすべて掛けます。

$$LDF_{1 \to \text{最終}} = 1.03 \times 1.01 \times 0.98 \approx 1.02$$

つまり、1年経過時点の発生保険金を1.02倍すれば最終損害額が見積もれます。

3年→4年のリンク比が0.98と1を下回っている点に注意してください。進展は必ず増加とは限りません。当初多めに積んだ備金が解決時に戻る(備金の戻し)と、リンク比は1を下回ります。

試験ではこう出る

トレンドとLDFは、第1章では概念として押さえておく段階です。LDFの計算そのものは、支払備金を扱う章でチェインラダー法という名前で本格的に登場し、三角表から最終損害額を求める問題として繰り返し出題されます。

第1章の範囲では、料率算定の手順の中でどこにトレンドとLDFが入るかが問われます。過去の統計データをそのまま使うのではなく、

$$\text{修正後の損害額} = \text{手元の損害額} \times LDF \times \text{トレンドファクター}$$

という形で両方を適用してから料率算定に進む、という流れです。

つまり、この記事の内容は暗記事項ではなく、支払備金の章でチェインラダー法に入るための前提です。ここで三角表の読み方に慣れておくと、後の章の負担がまったく変わります。

つまずきポイント:役割を入れ替えた選択肢に注意

トレンドとLDFはどちらも「データを修正する係数」なので、役割を取り違えやすいところです。整理はこうです。

トレンドファクター LDF
直すもの インフレ等、社会情勢の変化 事故データの未成熟さ(IBNR、備金の修正)
向き タテ(年度間) ヨコ(同一年度内の時間経過)
比べるもの 過去の1万円と将来の1万円の価値 同じ事故の1年後の金額と最終金額

「IBNRの見積もり不足を補うのはトレンドファクターの役割」という選択肢が出たら誤りです。IBNRはLDFの担当です。「LDFはインフレによる年度間の価値の変化を修正する」も同じく誤りです。

そして最も大事な点。両方を適用するのは二重計上ではありません。

$$\text{トレンドファクター} \times LDF \quad (\text{正しい})$$

修正している対象が別だからです。片方だけ適用すると、どちらかの要因が未修正のまま残ります。「重複するので片方だけ使う」という選択肢は誤りです。

ただし、無条件に足し合わせてよいわけではありません。LDFは過去の損害の進展実績から推定するので、その進展期間中に起きた修理費や医療費の上昇が、すでにLDFの中に含まれていることがあります。このとき、同じ期間のインフレをトレンドでもう一度掛ければ二重計上になります。トレンドの起点・終点とLDFが対象にしている期間を突き合わせて重ならないように揃える——これが実務での作法です。試験では二重計上にならない前提で出題されますが、「常にそうだから」ではなく「範囲を揃えているから」だと理解しておいてください。

もうひとつ、LDFの向きも狙われます。LDFが1.10なら最終損害額は現時点より10%増加します。1.10を掛けるのだから増える。それだけですが、「10%減少」とした選択肢に引っかかる人が出ます。

まとめ

  • トレンドファクターは年度間(タテ)の価値の変化を、LDFは同一年度内の時間経過(ヨコ)による金額の確定を修正する。
  • 指数トレンドは両辺の対数をとれば線型回帰に持ち込める。
  • 修正対象が別なので、料率算定では両方を適用する。二重計上ではない。