この記事で身につくこと

損保数理の第2章は、クレームを「頻度」と「額」に分けて分析するところから始まります。この記事を読み終えると、経験推定とパラメトリック推定の使い分けを説明でき、最尤法の手順を分布が変わっても同じ形で回せるようになります。フィッシャー情報量から推定量の分散を出すところまで扱います。

記号と用語を日本語に直す

クレームの分析は、2つに分けて行うのが基本です。

用語 英語 内容
クレーム頻度 Frequency 単位エクスポージャあたり何件起きるか
クレーム額 Severity 1件あたりいくらか

分けるのは、影響する要因が違うからです。免責金額を上げれば支払額の分布が変わり(免責を超えない事故は支払対象から外れるので、支払件数の頻度にも効きます)、安全対策を強化すれば頻度が下がる。別々に扱えば、条件が変わったときにどちらを直すかが決まります。

クレーム額の分布を決める方法は2つあります。

手法 考え方 弱点
経験推定(経験分布) 過去のデータそのものを分布とみなす 過去に起きていない規模の事故を扱えない
パラメトリック推定 分布の形を仮定し、パラメータだけを推定する 分布の形の選択を誤ると全体がずれる

データが十分にあれば経験推定で足ります。しかし損害保険では、まだ起きていない巨大事故やインフレによる全体のスライドを扱う必要があります。分布の形を決めてしまえば、過去のデータにない領域の確率も計算できますし、金額が一律に伸びるタイプのインフレなら、尺度パラメータを動かすだけで表せます。

パラメータの推定法も2つあります。

手法 やること
モーメント法 母集団のモーメントと標本のモーメントを等しいと置いて逆算する
最尤法 手元のデータのもっともらしさ(尤度。連続分布では観測値での密度の積)を最大にするパラメータを選ぶ

核になる式:対数をとってから微分する

最尤法の出発点は尤度関数です。データ $x_1, \dots, x_n$ が独立に密度 $f_\theta(x)$ から出たとすると

$$L(\theta) = \prod_{j=1}^{n} f_\theta(x_j)$$

積のままでは微分しにくいので、対数をとります。

$$\log L(\theta) = \sum_{j=1}^{n} \log f_\theta(x_j)$$

対数は単調増加なので、$\log L$ を最大にする $\theta$ は $L$ を最大にする $\theta$ と同じです。あとは微分してゼロと置きます。

$$\frac{\partial \log L(\theta)}{\partial \theta} = 0$$

この3ステップは分布によりません。変わるのは $f_\theta(x)$ の中身だけです(厳密には、微分ゼロの点が本当に最大かの確認までがワンセットです。試験に出る典型的な分布では、この後の指数分布のように符号の変化で最大と確かめられます)。

推定量のばらつきは、フィッシャー情報量から出ます。

$$I(\theta) = -E\left[\frac{\partial^2 \log L(\theta)}{\partial\theta^2}\right]$$

パラメータが $k$ 個あるときは $k \times k$ の行列(フィッシャー情報行列)になり、最尤推定量 $\hat\theta$ の分布は $n$ が大きいとき

$$\hat{\theta} \sim N_k\left(\theta_0,\ \left\{I(\theta_0)\right\}^{-1}\right)$$

に近づきます。分散は情報行列の逆行列。情報が多いほど分散が小さい、という形になっています。

数値例

指数分布で最後まで追います。密度は

$$f_\theta(x) = \frac{1}{\theta}e^{-x/\theta} \quad (x > 0)$$

で、$\theta$ が平均です。対数尤度を書きます。

$$\log L(\theta) = \sum_{j=1}^{n}\left(-\log\theta - \frac{x_j}{\theta}\right) = -n\log\theta - \frac{1}{\theta}\sum_{j=1}^{n} x_j$$

$\theta$ で微分してゼロと置きます。

$$\frac{d\log L}{d\theta} = -\frac{n}{\theta} + \frac{1}{\theta^2}\sum_j x_j = 0 \quad\Longrightarrow\quad \hat{\theta} = \frac{1}{n}\sum_{j=1}^{n} x_j = \bar{x}$$

最尤推定量は標本平均です。指数分布では平均がそのままパラメータなので、モーメント法でも同じ答えになります。

次に分散です。2階微分をとります。

$$\frac{d^2 \log L}{d\theta^2} = \frac{n}{\theta^2} - \frac{2}{\theta^3}\sum_j x_j$$

期待値をとります。$E\left[\sum_j x_j\right] = n\theta$ なので

$$E\left[\frac{d^2\log L}{d\theta^2}\right] = \frac{n}{\theta^2} - \frac{2n\theta}{\theta^3} = -\frac{n}{\theta^2}$$

したがって

$$I(\theta) = \frac{n}{\theta^2}, \qquad \operatorname{Var}(\hat\theta) \fallingdotseq \frac{\theta^2}{n}$$

真の値が分からないので、実際は $\hat\theta$ を代入します。

具体的な数字を入れます。$n = 100$ 件のクレームがあり、平均が50万円だったとします。

$$\hat{\theta} = 50, \qquad \operatorname{Var}(\hat\theta) \fallingdotseq \frac{50^2}{100} = 25, \qquad \text{標準偏差} = 5$$

推定した平均50万円には、およそ ±5万円のばらつきがあるということです。件数が4倍の400件になれば標準偏差は半分の2.5万円。$\sqrt{n}$ に反比例して縮みます。

試験ではこう出る

最尤法は、平成12年度以降の損保数理で26年度中22年度に「最尤」の語が登場します。第2章の中では最も出やすい論点のひとつです。

出題の形は、密度関数が与えられて最尤推定量を求めさせるものが中心です。分布はパレート・対数正規・ガンマなど年度によって変わりますが、手順は同じです。

フィッシャー情報量やデルタ法は26年度中4年度と控えめですが、出たときに手が出ないと失点が大きい論点です。

タクティクス損保数理では、第2章「クレームの分析」に問題が並んでいます。分布を差し替えた演習を通しておくと、初見の密度関数でも対数尤度を書くところまでは自動で進めるようになります。

つまり、この記事の内容は暗記事項ではなく、分布が変わっても同じ手順を回すための土台です。

つまずきポイント:対数をとる理由と、とったあとの扱い

対数をとるのは計算の都合であって、答えを変える操作ではありません。$\log$ は単調増加なので、最大にする $\theta$ は変わらないからです。「対数をとると答えが変わるのでは」という心配は要りません。

一方で、対数をとったあとに気をつける点があります。

$\hat\theta$ は確率変数です。データが変われば値が変わります。だから分散を考える意味があります。真の $\theta$ は定数で、ばらつくのは推定量のほうです。この向きを逆にすると、信頼区間の意味が分からなくなります。

フィッシャー情報量の符号。定義に負号が付いているのは、対数尤度が最大点で上に凸(2階微分が負)だからです。$I(\theta)$ は正の量になります。計算して負が出たら、どこかで符号を落としています。

$n$ の位置を確かめる。 $I(\theta) = n/\theta^2$ のように、情報量はデータ数に比例します。分散はその逆数なので $1/n$ に比例。件数を増やすと分散は $1/n$、標準偏差は $1/\sqrt{n}$ で縮むという関係を押さえておくと、桁のチェックに使えます。

まとめ

  • クレームは頻度と額に分けて分析する。免責や安全対策がどちらに効くかを分けて扱えるようにするため。
  • 経験推定は簡便だが、過去にない規模の事故やインフレを扱えない。パラメトリック推定はそこを補う。
  • 最尤法は「尤度を書く → 対数をとる → 微分してゼロ」の3ステップ。分布が変わっても手順は同じ。
  • 指数分布の最尤推定量は標本平均、分散は $\theta^2/n$。標準偏差は $\sqrt{n}$ に反比例して縮む。
  • 推定量の分散はフィッシャー情報量の逆数。情報が多いほどばらつきが小さい。