この記事で身につくこと

クレーム総額を出すには、件数の分布と金額の分布が要ります。この記事を読み終えると、件数に使う3つの分布を平均と分散の関係で見分けられるようになり、実データで分散が平均を上回るときに何を選ぶべきかを判断できるようになります。

記号と用語を日本語に直す

件数分布として使うのは、主に次の3つです。

分布 平均 分散 分散と平均の関係
二項分布 $\mathrm{Bin}(n,p)$ $np$ $np(1-p)$ 分散 < 平均
ポアソン分布 $\mathrm{Po}(\lambda)$ $\lambda$ $\lambda$ 分散 = 平均
負の二項分布 $\dfrac{r(1-p)}{p}$ $\dfrac{r(1-p)}{p^2}$ 分散 > 平均

3つが分散と平均の大小でちょうど並んでいます。この順番が、候補の分布を絞るときの最初の物差しになります。

核になる式:分散と平均の比で見分ける

分散を平均で割った値を見ます。

$$\frac{\operatorname{Var}(N)}{E[N]}$$

呼び方 当てる分布
1 より小さい 過小分散 二項分布
1 ポアソン分布
1 より大きい 過大分散 負の二項分布

負の二項分布では、この比は $\dfrac{1}{p}$ です。平均を一定に保ったまま $r$ を大きくしていくと $p$ も1に近づき、ポアソン分布に近づきます。$p$ が小さいほど過大分散が強くなります。

なぜポアソンが既定なのか

$\mathrm{Bin}(n,p)$ で $n$ を大きく、$p$ を小さくし、$np = \lambda$ を一定に保つと、ポアソン分布に収束します。

$$\lim_{n\to\infty}\binom{n}{k}p^k(1-p)^{n-k} = \frac{\lambda^k e^{-\lambda}}{k!} \quad (np = \lambda \text{ 一定})$$

保険の状況がまさにこれです。契約は何万件もあり($n$ が大きい)、1件あたりの事故確率は小さい($p$ が小さい)。契約数を数えなくても、平均件数 $\lambda$ だけで分布が決まるというのがポアソンを使う実質的な利点です。

さらに、独立なポアソンの和はまたポアソンになります。

$$N_1 \sim \mathrm{Po}(\lambda_1),\ N_2 \sim \mathrm{Po}(\lambda_2) \ \Longrightarrow\ N_1 + N_2 \sim \mathrm{Po}(\lambda_1 + \lambda_2)$$

種目や地域を統合しても $\lambda$ を足すだけで済みます。

過大分散はどこから来るのか

実データでは分散が平均を超えることがよくあります。原因は、契約者ごとに事故の起こしやすさが違うことです。

契約者を1人無作為に選んだときの事故件数が $\mathrm{Po}(\Lambda)$ に従い、その $\Lambda$ 自体が契約者によってばらつく確率変数だとします。このとき、この1契約の件数 $N$ の平均と分散は、全分散の公式から

$$E[N] = E[\Lambda], \qquad \operatorname{Var}(N) = E[\Lambda] + \operatorname{Var}(\Lambda)$$

第1項がポアソン本来のばらつき、第2項が契約者間のばらつきです。$\operatorname{Var}(\Lambda) > 0$ である限り、分散は必ず平均を上回ります。

$\Lambda$ がガンマ分布に従うとすると、$N$ の分布はちょうど負の二項分布になります。負の二項分布は「ポアソンのパラメータがガンマでばらついたもの」という理解が、この分布を使う理由そのものです。

数値例

自動車保険の1年間の事故件数データを考えます。契約1万件で、事故件数の分布が次のようだったとします。

件数 契約数
0件 9,048
1件 860
2件 82
3件 10

標本平均と標本分散を出します。

$$\bar{n} = \frac{0 \times 9{,}048 + 1 \times 860 + 2 \times 82 + 3 \times 10}{10{,}000} = \frac{1{,}054}{10{,}000} = 0.1054$$

$$\overline{n^2} = \frac{0 + 1 \times 860 + 4 \times 82 + 9 \times 10}{10{,}000} = \frac{1{,}278}{10{,}000} = 0.1278$$

$$s^2 = 0.1278 - 0.1054^2 = 0.1278 - 0.01111 = 0.11669$$

比をとります。

$$\frac{s^2}{\bar{n}} = \frac{0.11669}{0.1054} = 1.107$$

1を1割ほど超えています。過大分散なので、ポアソンより負の二項分布のほうが合いそうだ、という見立てが立ちます(実際に採用するかは、あてはめ後の適合度確認までを含めて判断します)。

負の二項分布を当ててみます。モーメント法で

$$\frac{1}{p} = 1.107 \ \Longrightarrow\ p = 0.903, \qquad \frac{r(1-p)}{p} = 0.1054 \ \Longrightarrow\ r = 0.984$$

$r$ が1に近いので、この集団は幾何分布に近い形をしていることになります。

もしポアソンだと決めつけていたら、分散を $0.1054$ と見積もることになります。真の $0.1167$ に対して約1割の過小評価です。クレーム総額の分散はこの件数の分散を通じて効くので、リスク量の見積もりがそのぶん甘くなります。

試験ではこう出る

ポアソン分布は、平成12年度以降の損保数理で26年度中25年度に登場します。第2章だけでなく、第8章の危険理論(複合ポアソン過程・破産確率)でも土台です。この科目で最も頻繁に出る分布と言ってよい位置にあります。

負の二項分布は26年度中9年度です。ポアソンほどではありませんが、過大分散の設定や複合分布の問題で出てきます。

出題の形は次の3つが中心です。

  • 件数分布と金額分布が与えられ、クレーム総額の平均・分散を計算させる
  • 積率母関数を使って、複合分布の性質を導かせる
  • 免責を入れたときに件数分布がどう変わるかを問う

3つ目は第1章の免責と繋がる論点です。免責 $a$ を入れると、支払対象となる事故は $P(X > a)$ の割合だけになります。ポアソンの場合、平均件数は $\lambda$ から $\lambda P(X>a)$ に変わり、分布の形はポアソンのままです。間引いてもポアソンはポアソンという性質があるからです。

タクティクス損保数理では、第2章「クレームの分析」にこの型の問題が並んでいます。

つまり、この記事の内容は暗記事項ではなく、件数側の設定を読み取って正しい分布を当てるための前提です。

つまずきポイント:分散と平均の関係で分布が決まる

「とりあえずポアソン」で進めてしまう。問題文が明示していれば従えばよいのですが、データから選ばせる設定なら、標本平均と標本分散を比べてください。分散が平均より明らかに大きければポアソンは不適です。上の数値例では分散を1割ほど過小評価することになります。

負の二項分布のパラメータ表記に注意する。 $r$ と $p$ で書く流儀のほか、平均 $\mu$ と形状パラメータで書く流儀もあります。問題文の定義がどちらかを先に確認してください。平均と分散の式が与えられていれば、そこから読み取るのが確実です。

過大分散の原因を「事故が連鎖する」と思い込む。上で見たとおり、事故が起きやすい人と起きにくい人が混ざっているだけで過大分散は生じ、1件の事故が次を呼ぶ必要はありません(連鎖や天候のような共通要因も過大分散の原因になり得ますが、試験で問われる筋は契約者間のリスクの違いです)。この理解があると、経験料率(第3章)で「実績が悪い契約者は本当に危険なのか」という問いに繋がります。

二項分布を忘れない。分散が平均より小さいケースは実務では稀ですが、「1契約あたり最大1件しか事故が起きない」という設定なら二項分布です。件数の上限がある設定を見たら思い出してください。

まとめ

  • 件数分布は二項・ポアソン・負の二項の3つ。分散と平均の大小がちょうど小・等・大の順に並ぶ。
  • ポアソンが既定なのは、契約数が多く事故確率が小さい状況の極限であり、平均件数だけで分布が決まるから。
  • 独立なポアソンの和はポアソン。種目や地域の統合は $\lambda$ の足し算で済む。
  • 実データで分散が平均を超えるのは、契約者ごとにリスクが違うため。$\Lambda$ がガンマなら負の二項分布になる。
  • ポアソンと決めつけると分散を過小評価する。上の数値例では約1割。