どんな本か
損保数理の指定教科書は、日本アクチュアリー会が発行する『損保数理』(平成23年2月改訂版)です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発行 | 日本アクチュアリー会 |
| 版 | 平成23年2月改訂版 |
| 分量 | 約540ページ、全10章 |
| 入手方法 | 日本アクチュアリー会のサイトからPDFで無料ダウンロード |
| 対象読者 | アクチュアリー試験の受験者 |
無料で手に入るという点は大きな利点です。数学の指定演習書は市販の書籍を買う必要がありますが、損保数理は教科書そのものが公開されています。2026年度資格試験要領では、これに加えて『モデリング』(同会)第1章(回帰分析)が指定されています。
この本の書き方の特徴
この本は、受験者が自分で読み進められるように書かれた教科書です。損保数理で使う用語・記号・考え方は一冊に揃っていて、独学の中心に据えて問題ありません。それが無料で公開されているのですから、受験者にとってありがたい本です。
そのうえで、書き方には一つ特徴があります。指定教科書の第一の役割は、試験で使う用語・記号・考え方の基準を確定させることです。基準書として過不足なく書くことが優先されるので、記述は簡潔になり、式変形の途中は省かれることが多く、行間は読者が埋める前提になります。
この簡潔さは、数学に慣れた人にとってはむしろ長所です。省かれた行間を自分で補えるので、余計な説明に付き合わずに速く進めます。大学で確率・統計をひととおりやった人なら、この教科書だけで十分に戦えます。
一方、高校数学までで止まっている人、あるいは数学から何年も離れていた人にとっては、同じ簡潔さがそのまま壁になります。「式は追えるが、なぜこの変形をするのかが分からない」「一文の中に前提が三つ隠れていて、どれも説明されていない」という箇所が、章が進むほど増えていきます。
読みにくさは本の欠点ではありません。同じページでも、読み手の数学の準備状況によって見え方が変わるということです。自分がどちらの側にいるかで、教科書の使い方を変えたほうがうまくいきます。
なお、試験範囲そのものを決めるのは教科書ではなく、受験する年度の資格試験要領です。指定教材のうちどの範囲が対象かも要領で示されます。「この論点は範囲内か」を最終的に判断する根拠は、教科書ではなく要領のほうです。
数学が得意でないと手が止まりやすい章
10章を通して要求水準が一定なわけではありません。ざっくり言えば、進むほど上がります。
第1章は用語と枠組みの章で、計算は四則演算が中心です。ここは誰でも読めます。ただし営業保険料、純保険料、既経過保険料、発生保険金、損害率の3つのベーシスといった用語が一気に出てきて、以降のすべての章で前提として使われます。数学ではなく用語で詰まる章です。
第2章から確率分布が主役になります。指数分布、パレート分布、対数正規分布、複合ポアソン分布。積分を使った期待値計算が当たり前に出てくるので、確率の準備ができていない人が最初に止まるのはたいていここです。
中級ブロック(第3章・第4章・第6章・第7章)は、前提となる道具が章ごとに入れ替わります。信頼性理論には条件付き確率とベイズの定理、クラス料率と一般化線形モデルには最尤法と行列、積立保険には生保数理の記号、保険料算出原理には効用関数とテイラー展開。どれか一つでも初見だと、その章だけ急に進まなくなります。
上級ブロック(第8章・第9章・第10章)が山です。危険理論、再保険、リスク評価の数理。ポアソン過程、積率母関数、順序統計量、極値分布、コピュラといった道具が前提になり、要求水準が一段上がります。
つまり「難しい章がたくさんある」というより、章ごとに必要な数学の道具が違い、手持ちにない道具が出てきた章で止まる、という形になります。止まったときに疑うべきは自分の理解力ではなく、その章が前提にしている道具のほうです。
どの段階で使うと効くか
段階ごとに使い方が変わります。
学習の入り口では
いきなり通読しようとしないでください。まず目次と各章の冒頭だけを読んで、全体の地図を作るのが有効です。10章がどんなブロックに分かれているかを把握することが目的で、この段階で内容を理解する必要はありません。
数学の準備ができている人は、そのまま教科書から入って構いません。問題は、そうでない人がここで通読に挑んで消耗してしまうことです。数学に不安があるなら、教科書が省いた式変形の途中と、その変形を選ぶ理由を補ってくれるものを横に置いて、併走させるのが順当です。同じページが読めるようになります。
併走させる相手は、解説の詳しい市販書でも、動画講義でも構いません。条件はひとつで、教科書が省いた式変形の途中を埋めてくれることです。そこさえ満たしていれば、教科書と同じページを行き来しながら読み進められます。
各章を学んだ直後に
ここが指定教科書の本領です。別の教材で理解した内容を、教科書の記述と突き合わせる。
用語の定義、記号の使い方、公式の正確な形。これらは教科書が基準です。試験問題は教科書の記号と用語で書かれるので、ここがずれていると問題文が読めません。「自分の理解した内容が、教科書ではこう書かれている」という対応を作っておくことが、本試験での読解速度に直結します。
各章末の練習問題も重要です。本試験の問題は教科書の練習問題の改題であることが珍しくありません。実際、合格へのタクティクスに収録されている問題にも「教科書第2章の練習問題の改題」と注記されているものがあります。
仕上げでは教科書に戻る
解説書で理解を作ったら、最後は必ず教科書そのものに戻ってください。ここを省くと、直前期に効いてくる部分が抜け落ちます。
本試験は数値を答える形式なので、「証明せよ」「導出せよ」と直接問われることはありません。ですが、正解にたどり着く道筋のほうは教科書の定理と練習問題そのものです。過去問の解説をたどると「テキストの練習問題より」と根拠が示されている設問がいくつも出てきます。定理の結論だけ暗記していて導出を知らないと、設定を少し変えられただけで手が出なくなる、ということが起こります。
だから仕上げでは、次の作業に戻る価値があります。
- 主要な定理を、結論だけでなく導出の筋道ごと確認する
- 章末の練習問題を、解説を見ずに最後まで通す
- 解説書で言い換えて理解した用語・記号を、教科書の表記に揃え直す
解説書は教科書を読むためのものであって、教科書の代わりではありません。入口は易しいところから、仕上げは教科書で。この順番が、数学が得意でない人にとっていちばん確実です。
直前期に
範囲の確認に使います。ただし最終的な基準は資格試験要領のほうです。
損保数理には、生保数理のような「第○章を除く」という除外指定がありません。『損保数理』は全章が範囲だと考えてください。もう1冊の指定教材『モデリング』については、第1章(回帰分析)のみが指定されています。第2章以降は損保数理の範囲ではありません。
なお、『モデリング』について「同書の目次で(試験範囲外)とした部分および第5章を除く」という指定を目にすることがありますが、これは数学の指定です。科目が違うので、損保数理の範囲確認に持ち込まないでください。
この本が強いところ
用語と記号の基準を与える点が、この本の最大の価値です。損保数理は用語が多く、しかも似た言葉が並びます。既経過保険料と未経過保険料、発生保険金と支払保険金、リトン・ベーシスとポリシー・イヤー・ベーシスとアーンド・ベーシス。これらの正確な定義がどこにあるかといえば、教科書です。
もうひとつ、練習問題の質が高い点も挙げられます。分量は多くありませんが、本試験と地続きです。
教科書の役割の外にあるもの
次の3つは、教科書の欠点ではなく役割の外にあるものです。範囲と基準を定める本に演習量や時間管理まで求めるのは筋違いなので、ここは別の教材で補うことになります。
解法の言語化。なぜその式変形を選ぶのか、どこに着目して方針を決めるのか、といった思考の道筋は、基準を定める本の役割には含まれません。数学に不安がある人ほど、ここを補う解説が必要になります。
問題の量。各章末の練習問題は質が高いのですが、本試験の分量に対しては足りません。同じ論点を数値や設定を変えて繰り返し解く練習は、問題集で埋めることになります。
時間感覚。本試験は180分で相当数の問題を処理する必要がありますが、教科書に目標解答時間の目安はありません。1問にどれだけかけてよいのかは、時間を計った演習でしか身につきません。
入手先
日本アクチュアリー会の公式サイトから、試験関連の資料としてPDFが公開されています。教科書は改訂されることがあるので、受験する年度の試験要領で指定されている版を確認してからダウンロードしてください。 2026年度は平成23年2月改訂版が指定されています。
まとめ
- 指定教科書『損保数理』は無料で入手でき、独学の中心に据えられる本。ただし記述は簡潔で、式変形の行間は読者が埋める前提になっている。
- 数学に慣れた人にはこの簡潔さが長所になるが、そうでない人は章が進むほど手が止まる。止まる原因は理解力ではなく、その章が前提にしている数学の道具のほう。
- 数学に不安があるなら、入口は噛み砕いた解説と併走する。条件は、教科書が省いた式変形の途中を埋めてくれること。
- ただし解説書は教科書の代わりではない。定理の導出を知らないと解けない設問が出るので、仕上げでは必ず教科書に戻り、主要な定理の導出と章末の練習問題を通す。
- 指定教材の『モデリング』は第1章(回帰分析)のみ。「第5章を除く」等の指定は数学のものなので混同しない。
- 解法の言語化・演習量・時間感覚の3つは教科書の役割の外にある。ここは解説書と演習で埋める。