この記事で分かること
損保数理には、公式や定理の導出過程を問題文に書き下して、その途中の式を空欄で埋めさせる出題があります。数値を計算させる問題とは性格が違い、教科書の証明を読んでいないと手が出ません。
この形式には、対策上とても都合のよい性質があります。出題が教科書の特定の頁に紐づいていることです。だから「どの導出が出題済みで、どの導出がまだ出ていないか」を、原理的には数えられます。
この記事を読み終えると、現行の教科書になってからの15年で穴埋め導出がどれだけ出たか、それが教科書のどこだったか、そしてまだ出ていない導出がどこに残っているかが分かります。
数え方
対象は2011年度から2025年度までの15年度分です。問題文と解答例を通して読み、次の条件を満たす設問を抜き出しました。
- 定理・公式の導出過程が問題文に書き下されている
- その途中の式・記号を空欄で埋めさせる
数値だけを埋めるもの、用語を選ばせるもの、データ表から損害率や備金を計算させるものは除いています。
なぜ2011年度から数えるのか
指定教科書は平成23年2月に改訂されていて、このとき章立てが変わりました。旧版は第7章が危険理論、第8章が再保険です。改訂版で第7章に保険料算出原理が入ったぶん、第7章以降が1つずれています。
古い過去問の解答例にある「テキスト7-38ページ参照」は、旧版の頁です。改訂版で言えば第8章の破産理論にあたります。ここを混ぜると章別の集計が丸ごと狂うので、現行の教科書に対応する年度だけを数えました。
もうひとつ限界を書いておきます。「導出の途中式」と「結果の式だけ」の線引きには判断が入ります。公式の中の記号が空欄でも、導出過程が問題文になければ結果の穴埋めです。以下の件数は、この線引きをどこに置くかで前後します。年度ごとの正確な数というより、濃淡を見るための目安として読んでください。
15年で、どれだけ出ているか
| 年度 | 件数 | 備考 |
|---|---|---|
| 2011 | 1 | |
| 2012 | 1 | |
| 2013 | 4 | 一般化線形モデルとリスク尺度 |
| 2014 | 1 | |
| 2015 | 3 | |
| 2016 | 1 | |
| 2017 | 3 | |
| 2018 | 1 | 問題4が空欄12個の大問 |
| 2019 | 2 | |
| 2020 | 1 | |
| 2021 | 1 | |
| 2022 | 5 | 問題3の(2)〜(5)が4問連続で導出型 |
| 2023 | 0 | |
| 2024 | 2 | 問題3(1)は空欄19個 |
| 2025 | 2 |
合計で30件弱、平均すると年に2件前後です。少なく見えますが、配点が大きい。2018年度の問題4は大問まるごと、2024年度の問題3(1)は空欄19個あります。
年による濃淡が大きいのも特徴です。2022年度は問題3の(2)から(5)までが4問連続で導出型でした。逆に2023年度は、同じ「空欄に当てはまる最も適切なものを選びなさい」という形式を多用しながら、中身が結果の式や数値ばかりで、導出型は0件です。形式が同じでも中身は別ということです。
出題が教科書の頁に紐づいている、という証拠
ここが、以降の突き合わせの土台になります。過去問の解答例には、教科書の頁が名指しで書かれています。
| 年度・問題 | 解答例の記載 | 内容 |
|---|---|---|
| 2013年度 問題1 VII | テキスト10-63, 10-64 | 対数正規分布の VaR と TVaR |
| 2015年度 問題2 IV(1) | テキスト7-18, 7-19 | アロー・プラットの絶対危険回避度 |
| 2016年度 問題2 II(1) | テキスト3-39〜40 | ビュールマンのノンパラメトリック推定量 |
| 2019年度 問題3 I(1) | テキスト2-24, 2-25 | パンジェーの再帰式 |
| 2020年度 問題3 IV(1) | テキスト3-34〜3-36 | ビュールマンの定理の最小二乗導出 |
| 2024年度 問題3(1) | テキスト5-32〜5-35 | ベイジアンメソッド |
| 2024年度 問題3(2) | テキスト9-23〜9-25, 9-26 | 再保険付きの調整係数 |
| 2025年度 問題3(1)(ア) | テキスト2-8, 2-9 | ポアソン・ガンマ混合が負の二項分布になること |
| 2025年度 問題3(2)(ア) | テキスト8-44〜8-46 | 破産確率の最低記録更新 |
「教科書のこの頁の導出を、そのまま空欄にした」と解答例が認めているわけです。だから逆算ができます。
出題済みの導出(章別)
15年分で穴埋めになった導出を、教科書の章に割り当てると次のようになります。
| 章 | 穴埋めになった導出 |
|---|---|
| 第1章 | 該当なし |
| 第2章 | パンジェーの再帰式、ポアソン・ガンマ混合=負の二項分布、3次キュムラント、デルタ法、フィッシャー情報行列、複合幾何分布の積率母関数 |
| 第3章 | ビュールマンの定理の最小二乗導出、ノンパラメトリック推定量、ベイズ推定量=事後平均 |
| 第4章 | 一般化線形モデルの対数尤度と最尤方程式 |
| 第5章 | マックモデルの $\hat b_k$ と $\hat\sigma_k^2$ の不偏性、ベイジアンメソッド |
| 第6章 | 払戻積立金の再帰式とその解、払戻積立金が負にならない条件、一時払契約の関係式 |
| 第7章 | アロー・プラットの絶対危険回避度、エッシャー変換、ワン変換 |
| 第8章 | 調整係数、破産確率の積分微分方程式、複合幾何分布による表現、推移確率の微分方程式、オペレーショナル・タイム、ブラウン運動の初到達時刻 |
| 第9章 | ストップロス再保険のネット再保険料、再保険付きの調整係数 |
| 第10章 | 極値分布への収束、対数正規分布の VaR・TVaR、一般化パレート分布の超過分布、平均超過関数からの分布関数の復元 |
2つ、目につくことがあります。
ひとつは、同じ導出が繰り返し出ること。一般化線形モデルの最尤方程式は2013・2014・2017・2019・2021年度の5年度に出ています。2022年度のエッシャー変換と2024年度のワン変換は、変換の種類が違うだけで構造が同じ姉妹問題です。一度出たから安全、ということはありません。
もうひとつは、第1章に該当がないこと。第1章は用語と枠組みの章で、計算は四則演算が中心です。導出を空欄にする形式には向かない、と考えられているのかもしれません。
まだ出ていない導出
ここからが本題です。教科書の各章にある導出を棚卸しし、上の出題済みリストと突き合わせました。15年分で出題が確認できず、かつ穴埋めに仕立てやすい(途中式が一本道で、空欄にすると知識が問える箇所が2〜4個ある)ものを挙げます。
| 章 | まだ出ていない導出 | なぜ狙われうるか |
|---|---|---|
| 第1章 | 損害率法と純保険料法が同じ答えになること | どちらの計算も繰り返し問われている。等価性の証明だけが空いている |
| 第1章 | 免責による割引率を $X=\min(X,a)+\max(0,X-a)$ の恒等分解から導く筋 | 免責の期待値計算は繰り返し出るが、この分解を空欄にした例がない |
| 第2章 | 二項分布からポアソン分布への極限 | 3つの因子に分けて別々に極限をとる形で、空欄を置きやすい |
| 第2章 | クレーム額ごとに独立なポアソン過程へ分解できること | 複合ポアソンの再生性と対になる定理。片方だけが空いている |
| 第3章 | ビュールマン・ストラウブの定理の証明 | 計算問題としては出題例がある。証明はビュールマン本体だけが出て、こちらは空いている |
| 第4章 | ミニマムバイアス法(加法型)=一般化線形モデル(正規・恒等リンク) | 結論は正誤問題で問われている。導出の穴埋めにはなっていない |
| 第4章 | $\chi^2$ 統計量の自由度が $(k-1)(l-1)$ になる理由 | 料率区分の表から自由度を数える議論。一本道で空欄向き |
| 第5章 | マックモデルの最終累計 $\hat C_{i,N}$ の不偏性 | 同じ節の $\hat b_k$・$\hat\sigma_k^2$ は2015年度に出題済み。隣が残っている |
| 第5章 | ベンクテンダー法の重み $Z=1/B_j$ の意味 | チェインラダー法とボーンヒュッター・ファーガソン法の中間という位置づけを問える |
| 第6章 | 払戻積立金の将来法と過去法が一致すること | 平準式・チルメル式・払込免除特約と3通りあり、難度別に出せる |
| 第6章 | 一時払契約の全損失効時の返れい金現価(二重和の順序交換) | 第6章で最も重い変形。順序交換の一手だけを空欄にできる |
| 第7章 | ワンの原理を正規分布に適用すると標準偏差原理になること | エッシャー変換と正規分布の組は2022年度に出題済み。ワンの原理との組が空いている |
| 第7章 | 対数正規分布でのワンの原理 | 上と完全に並行な5段の変形。対にして出せる |
| 第7章 | $\mathrm{Cov}(X,g(X))\ge 0$(単調増加な $g$) | エッシャーとワンの両方でリスクプレミアム非負を支える共通部品 |
| 第7章 | リスク回避的であることと効用関数が凹であることの同値 | 2点分布を持ち出す一手が空欄向き |
| 第8章 | 調整係数の近似式(キュムラント母関数を2次で打ち切る) | 調整係数そのものは繰り返し出ている。近似式の導出だけが空いている |
| 第8章 | 3つの公理からポアソン分布を導く筋 | ポアソン過程は何度も出ているが、公理から出発する導出は空いている |
| 第9章 | 定理9.1〜9.4(関数型・ストップロス・比例・ELCの最適性) | 空白が最も大きい。下で詳述 |
| 第9章 | 再保険を付けたときに調整係数が存在する条件 | 「再保険の付加保険料が元受より小さいこと」に帰着する。結論が言葉で言える |
| 第10章 | コヒーレントならば凸であること | 2行で終わるが、4公理のどれを使うかを問える |
| 第10章 | 正規コピュラ・グンベルコピュラの裾従属係数 | 極限計算が一本道 |
第9章の空白について
再保険は出題の多い論点です。26年分を集計した論点ランキングでは、26年度すべてに登場していました。にもかかわらず、教科書の定理9.1から9.4まで、証明が穴埋めになった形跡がありません。
出題があるのは計算のほうです。ストップロスのネット再保険料、再保険付きの調整係数、比例再保険の分散。定理そのものは2018年度に「定理9.2と定理9.3」として問われていますが、これは結論の正誤を問う形で、証明の中身には入っていません。
この4つの定理は、証明の道具が定理ごとに違うのが特徴です。定理9.1は全分散の法則、定理9.2は $X\le d$ と $X>d$ の場合分け、定理9.3は相関係数の上限、定理9.4は指数関数の接線不等式。どれも数行で終わり、途中に「なぜその一手を選ぶか」を問える箇所があります。穴埋めの素材としては条件が揃っています。
「未出題の隣」が実際に出た前例
この考え方には前例があります。
2015年度に、教科書5-26の「確率論アプローチのマックモデル」から穴埋めが出ました。その後2024年度に、同じ第5章の少し先にある「ベイジアンメソッド」(5-32〜5-35)が、空欄19個の大問として出ました。
『合格へのタクティクス 損保数理』は、この2問目を先回りして収録しています。解説にはこう書かれています。
教科書ベイジアンメソッドからの出題。マックモデルが出題された時から同程度の穴埋め問題が出題される、と予測して準備していた人は問題なく得点できた。
同じ解説はこう続きます。
教科書の未出題の式の展開はすべて出題されても大丈夫なように準備をしておこう。
つまり「一度この形式で出た節の、隣にある導出」は現実に狙われます。第5章では実際に起きました。第9章の定理9.1〜9.4のように、論点自体は繰り返し出るのに証明だけが手つかず、という場所は同じ構図です。
どう準備するか
結論だけ覚えても空欄は埋まらない
この形式の対策は、ふつうの計算問題の対策とは別物です。埋めさせられるのは結論ではなく途中式なので、結果を暗記していても解けません。逆に、導出の流れを一度自分の手で追っていれば、細かい部分は試験場で作り直せます。
やることは単純です。教科書で「証明」「導出」と書かれている箇所を、結果を見ずに自分で再現する。それだけです。
後ろから解く、という技
途中が分からなくても諦めないでください。穴埋め導出は最終結果が問題文に書いてあることが多く、結論から逆算すると途中の空欄が決まることがあります。上から順に埋めようとして詰まったら、下から戻ってください。
数学に不安があるなら、先に理解を作る
とはいえ、教科書の証明は式変形の途中が省かれています。数学から離れていた人が、いきなり自力で再現するのは負担が大きい。
その場合は、変形の途中と「なぜその変形を選ぶか」を補ってくれるものを先に通してから、教科書に戻るのが確実です。解説の詳しい市販書でも動画講義でも構いません。省かれた途中式が埋まっていることだけが条件です。
順序としては、解説で導出の筋を理解する → 教科書に戻って自分で再現する、の2段構えです。解説書は教科書を読むためのものであって、代わりではありません。この点は教科書の使い方の記事でも触れています。
この記事の限界
鵜呑みにしないための注意を3つ。
対象は現行教科書に対応する2011年度以降です。 それより前の年度で出た導出は、この一覧では「まだ出ていない」側に並びます。ルンドベリの不等式の証明のように、旧課程で記述式として出ていたものが、形を変えて戻ってくることはあります。
未出題であることは、出る根拠ではありません。 出題者が同じ考え方で選んでいる保証はどこにもない。この一覧は「出るかもしれない場所」であって、優先順位そのものではありません。頻度で優先順位を決めるなら論点ランキングのほうを見てください。
未出題だけを潰すのは効率が悪い。 一般化線形モデルの最尤方程式のように5年度も繰り返されている導出があります。まず出題済みを固め、そのうえで余力を未出題に回す、という順序が現実的です。
まとめ
- 教科書の導出をそのまま空欄にした出題が、現行教科書になってからの15年で30件弱。年に2件前後だが配点が大きい(2024年度の問題3(1)は空欄19個)
- 解答例が「テキスト5-32〜5-35」のように教科書の頁を名指ししているので、どの導出が出題済みかを追える
- 同じ導出が何度も出る。一般化線形モデルの最尤方程式は5年度、エッシャー変換とワン変換は姉妹問題
- 未出題が最も多く残っているのは第9章の定理9.1〜9.4。再保険は出題の多い論点なのに、最適性の証明だけが手つかず
- 第5章では「マックモデル → 隣のベイジアンメソッド」が実際に起きた。未出題の隣は狙われる
- 対策は結論の暗記ではなく、導出を自分の手で再現すること。詰まったら結論から逆算する