その名前をどこで見るか

ベイズの定理として出てきます。標本空間が排反な事象 $A_1, A_2, \dots, A_n$ に分割されていて、各 $P(A_i) > 0$、$P(B) > 0$ のとき

$$P(A_i \mid B) = \frac{P(A_i)P(B \mid A_i)}{P(A_1)P(B\mid A_1) + \cdots + P(A_n)P(B \mid A_n)}$$

分母は全確率の公式そのものです。$P(B)$ を、$A_i$ で場合分けして足し上げた形になっています。

意味は向きの反転です。工場と不良品のように $A_i$ を原因の候補、$B$ を観測された結果と読める設定では、$P(B \mid A_i)$ は原因から結果への確率、$P(A_i \mid B)$ は結果から原因への確率。前者が分かっているときに後者を求めるのが、この定理の役割です。

損保数理に進むと、信頼性理論のベイズ推定として再登場します。保険料率を過去の実績で修正する仕組みが、この定理の上に建っています。

教材とタクティクスを合わせて数えると、ベイズの出現数は29回でした。

どんな人だったか

トマス・ベイズ(1701年頃生まれ、1761年没)はイギリスの長老派の牧師です。数学者としての活動もありましたが、本業は聖職でした。

生まれた年が「頃」なのは、記録が確定していないためです。人物としての情報は多くありません。王立協会の会員に選ばれていますが、生前に数学の論文をほとんど発表していません。

そして、ベイズの定理も生前には発表されていません。

没後、友人のリチャード・プライスが遺稿を整理し、1763年に王立協会へ送りました。表題は『偶然の理論における一問題を解くための試論』です。定理が世に出たのは、本人が亡くなった2年後ということになります。

その後、この結果を一般の形に整え、広く使えるようにしたのはラプラスです。ベイズの原型を、ラプラスが独立に、より一般的な形で発展させました。いま教科書に載っている形は、どちらかというとラプラス由来です。

なぜその概念が必要になったか

ベイズが扱った問題は、逆確率と呼ばれるものでした。

当時すでに、確率が分かっているときに結果の確率を計算する方法はありました。表が出る確率が $p$ のコインを $n$ 回投げて $k$ 回表が出る確率、といった計算です。原因から結果への向きです。

分かっていなかったのが逆向きです。$n$ 回投げて $k$ 回表が出たという観測から、$p$ について何が言えるか。観測が先にあり、原因を推し量る。実務で必要になるのはむしろこちらです。

ベイズは、玉を投げて位置を当てるという設定でこの問題を扱いました。結果を観測したうえで、原因となる量がある範囲にある確率を求める形です。

この向きの推論には、事前の情報が必要になります。何も知らない状態から観測だけで原因を決めることはできません。事前確率 $P(A_i)$ を置いて、観測 $B$ でそれを更新する。この構造が、いまベイズ更新と呼ばれているものです。

事前確率をどう置くかには議論があり、それが統計学の2つの流派の分かれ目にもなりました。ただしアクチュアリー試験の数学で問われるのは、事前確率が問題文で与えられた状態からの計算だけです。流派の議論には踏み込みません。

試験ではこう出る

ここが重要です。2001年度から2025年度までの25年度で、ベイズという語が現れるのは4年度しかありません。ところが条件付き確率や事後確率という語まで含めると10年度になります。

つまり、この定理を使う問題は名前を出さずに出ます。

典型例を並べます。

2000年度(H12)の問題1(1)は、3つの工場がそれぞれ全体の20%、30%、50%を作り、各工場の不良率が1%、0.8%、0.12%と与えられています。不良品が1つ見つかったとき、それが工場Aで作られた確率を求めます。問題文にベイズという語はありません。

2011年度(H23)の問題1(1)は、外見の区別がつかない2つの箱を用意し、一方には赤球70個と白球30個、他方には赤球30個と白球70個を入れます。無作為に選んだ箱から復元抽出で12回取り出したところ赤球が8回だったとき、選ばれた箱がどちらかを問います。

2021年度の問題1(1)も同じ構造です。箱を選ぶ確率が事前確率、取り出した結果が観測にあたります。

3つとも、原因が2つか3つに絞られていて、それぞれの条件付き確率が与えられている形です。分母に全確率の公式を作り、分子に該当する項を置く。手順は同じです。

タクティクスの第5章の導入には、過去問ではベイズの定理が多く出題されているという記述があります。名前で数えると4年度ですが、構造で数えるともっと多い、という認識です。

条件付期待値と条件付分散の出題は、平成24年度あたりから増えたとタクティクスに書かれています。こちらは10/25年度の中に含まれます。全期待値の法則

$$E(X) = E\left[E(X \mid Y)\right]$$

の形で使われ、複合分布の計算につながります。

名前を覚えることに意味はありません。問題文に「〜であったとき、〜である確率」という形が出てきたら、原因と結果のどちら向きを聞かれているかを見る。それが結果から原因への向きなら、分母に全確率の公式を作る。この判断ができるかどうかだけです。

まとめ

  • トマス・ベイズ(1701年頃生・1761年没、イギリス)は長老派の牧師。生前に定理を発表していない。
  • 没後1763年、友人のプライスが遺稿を王立協会へ送って世に出た。一般化したのはラプラス。
  • 扱った問題は逆確率。観測から原因を推し量るには事前確率が必要になる。
  • 過去問25年度で名前が出るのは4年度。条件付き確率まで含めると10年度。名前は出ないほうが普通。
  • 「〜であったとき、〜である確率」で結果から原因への向きなら、分母に全確率の公式を作る。