問題
出典はタクティクス数学(上)第3章 3-1「多項分布」、参考類題 H20.2 です。
ある経済シナリオジェネレータを用いて、株価指数シナリオを生成する。シナリオは全部で $n$ 種類あり、1回の試行につき確率 $p_i$($i = 1, \dots, n$、$p_1 + \cdots + p_n = 1$)で1種のシナリオ $i$ が選ばれる。独立な $r$ 回の試行でシナリオ $i$ が選ばれる回数を $X_i$ とする。
- シナリオが2種($n=2$)のとき、$X_1$ は何分布に従うか。また $r = 4$、$p_1 = \frac{1}{3}$ のとき $X_1 = 3$ となる確率を求めよ
- シナリオが3種($n=3$)のとき、$X_1 = k_1$ という条件のもとで $X_2$ は何分布に従うか。平均と分散を $p_3$ を使わずに表せ
- シナリオが $n$ 種($n \ge 2$)のとき、確率ベクトル $(X_1, \dots, X_n)$ の積率母関数 $\phi(\theta_1, \dots, \theta_n)$ を書き、$X_i$ と $X_j$($i \ne j$)の相関係数を求めよ
原問(2008年度 問題2)は金利シナリオが題材で、(1) は $r = 5$、$p_1 = \frac{1}{2}$(答えは $\frac{5}{16}$)、(3) は共分散までを選択肢から選ぶマーク形式です。タクティクスの類題は題材と数値を変え、(3) を相関係数まで掘り下げています。原問を解くときは数値の違いに注意してください。
まず何に着目するか
「$r$ 回の試行のそれぞれが、$n$ 個の箱のどれか1つに必ず入る」。この構造を見たら多項分布です。ポイントは、多項分布の問題のほとんどが多項分布のまま計算しなくてよいことです。
- 1つの回数 $X_i$ だけ見れば、「箱 $i$ に入るか・入らないか」の2択なので2項分布 $\mathrm{Bin}(r, p_i)$
- 条件を付けて残りを見れば、これも2択に潰れてやはり2項分布
- ベクトル全体の性質(共分散・相関)が要るときだけ、積率母関数を持ち出す
つまり、多項分布の問題は「どう2項分布に潰すか」の問題です。
解法の筋道と計算
(1) 2種なら2項分布そのもの
$n = 2$ なら各試行は「シナリオ1が選ばれるか否か」の2択です。$X_1 \sim \mathrm{Bin}(4, \frac{1}{3})$ で
$$P(X_1 = 3) = \binom{4}{3}\left(\frac{1}{3}\right)^3 \cdot \frac{2}{3} = 4 \cdot \frac{1}{27} \cdot \frac{2}{3} = \frac{8}{81}$$
(2) 条件付き分布:定義どおり割り算する
$X_1 = k_1$ のもとでの $X_2$ の分布を、条件付き確率の定義から出します。
$$P(X_2 = k_2 \mid X_1 = k_1) = \frac{P(X_1 = k_1 \cap X_2 = k_2 \cap X_3 = r - k_1 - k_2)}{P(X_1 = k_1)}$$
分子は多項分布の確率関数、分母は周辺分布 $\mathrm{Bin}(r, p_1)$ の確率関数です。
$$= \frac{\dfrac{r!}{k_1!\,k_2!\,(r-k_1-k_2)!}\,p_1^{k_1}p_2^{k_2}(1-p_1-p_2)^{r-k_1-k_2}}{\dfrac{r!}{k_1!\,(r-k_1)!}\,p_1^{k_1}(1-p_1)^{r-k_1}}$$
$r!$、$k_1!$、$p_1^{k_1}$ が約分され、残りを整理すると
$$= \binom{r-k_1}{k_2}\left(\frac{p_2}{1-p_1}\right)^{k_2}\left(1 - \frac{p_2}{1-p_1}\right)^{r-k_1-k_2}$$
これは成功確率 $\dfrac{p_2}{1-p_1}$、試行回数 $r - k_1$ の2項分布の確率関数です。したがって
$$E(X_2 \mid X_1 = k_1) = \frac{p_2\,(r-k_1)}{1-p_1}, \qquad V(X_2 \mid X_1 = k_1) = \frac{p_2\,(1-p_1-p_2)\,(r-k_1)}{(1-p_1)^2}$$
答えは2項分布。指示どおり $p_3$ を使わずに書けています($1-p_1-p_2 = p_3$ なので、分散は $p_3$ で書けばもっと短くなりますが、問題の指定に従います)。
テクニック:条件付き分布は「残りの試行の再正規化」で即答できる
上の計算には、割り算をせずに答えだけ先に出す読み方があります。$X_1 = k_1$ と分かった状況は、「$k_1$ 回はシナリオ1に使われ、残り $r - k_1$ 回はシナリオ1以外のどれかに落ちた」ということです。残りの各試行がシナリオ2になる確率は、シナリオ1を除いた世界での条件付き確率
$$\frac{p_2}{p_2 + p_3} = \frac{p_2}{1 - p_1}$$
に置き換わります。残り $r - k_1$ 回の独立な2択なので、$\mathrm{Bin}\left(r - k_1,\ \dfrac{p_2}{1-p_1}\right)$。これが答えの構造です。本試験で空欄を埋めるだけなら、この読みで平均・分散まで直行できます。定義どおりの計算は、この直感が正しいことの裏付けとして一度は手でやっておいてください。
(3) 積率母関数から相関係数へ
多項分布の積率母関数は、1回の試行の積率母関数 $p_1e^{\theta_1} + \cdots + p_ne^{\theta_n}$ の $r$ 乗です。
$$\phi(\theta_1, \dots, \theta_n) = \left(p_1e^{\theta_1} + \cdots + p_ne^{\theta_n}\right)^r$$
$\theta_i$ と $\theta_j$ で偏微分して原点で評価すると、積の期待値が出ます。
$$\frac{\partial^2 \phi}{\partial\theta_j\,\partial\theta_i} = r(r-1)\left(p_1e^{\theta_1} + \cdots + p_ne^{\theta_n}\right)^{r-2}p_ie^{\theta_i}p_je^{\theta_j}$$
原点では括弧の中が $p_1 + \cdots + p_n = 1$ になるので
$$E(X_iX_j) = r(r-1)\,p_ip_j$$
周辺分布は $X_i \sim \mathrm{Bin}(r, p_i)$ なので $E(X_i) = rp_i$、$V(X_i) = rp_i(1-p_i)$。共分散と相関係数は
$$\mathrm{Cov}(X_i, X_j) = r(r-1)p_ip_j - rp_i \cdot rp_j = -\,rp_ip_j$$
$$\rho(X_i, X_j) = \frac{-\,rp_ip_j}{\sqrt{rp_i(1-p_i)}\sqrt{rp_j(1-p_j)}} = -\sqrt{\frac{p_ip_j}{(1-p_i)(1-p_j)}}$$
別解:共分散は和の分散から、微分なしで出る
積率母関数を微分したくなければ、$X_i + X_j$ に注目します。「シナリオ $i$ または $j$ が選ばれる」もやはり2択なので
$$X_i + X_j \sim \mathrm{Bin}(r,\ p_i + p_j)$$
和の分散の公式 $V(X_i + X_j) = V(X_i) + V(X_j) + 2\,\mathrm{Cov}(X_i, X_j)$ に、3つの分散を入れます。
$$r(p_i+p_j)(1-p_i-p_j) = rp_i(1-p_i) + rp_j(1-p_j) + 2\,\mathrm{Cov}(X_i, X_j)$$
左辺を展開して整理すると、$-2rp_ip_j = 2\,\mathrm{Cov}$、つまり $\mathrm{Cov}(X_i, X_j) = -rp_ip_j$。偏微分が一切要りません。空欄形式で共分散だけ問われたときは、この経路が最速です。
検算:$n = 2$ で相関係数は $-1$ になるか
$n = 2$ なら $X_2 = r - X_1$ で、一方が決まれば他方も決まります。相関係数は $-1$ になるはずです。$p_2 = 1 - p_1$ を上の式に入れると
$$\rho(X_1, X_2) = -\sqrt{\frac{p_1p_2}{p_2 \cdot p_1}} = -1$$
一致しました。合計が $r$ に固定されているせいで、一方が増えれば他方は必ず減る。相関が負になるのはこの構造のためです。相関の強さを決めるのは種類の数そのものではなく確率の値で、たとえば全シナリオが等確率 $p_i = \frac{1}{n}$ の対称な場合に $\rho = -\dfrac{1}{n-1}$ となり、種類が増えるほど負の相関が薄まっていくことが読み取れます。
よくある誤答
条件付き分布の成功確率を $p_2$ のまま書いてしまう誤りが典型です。$X_1 = k_1$ を知った時点で、残りの試行は「シナリオ1ではなかった」という情報を背負っています。分母を $1 - p_1$ に付け替える(再正規化する)ことを忘れると、平均 $\frac{p_2(r-k_1)}{1-p_1}$ の分母が落ちた $p_2(r-k_1)$ に着地します。原問はマーク式なので、この誤答に対応する選択肢を選ばされる形になります。
もう1つ、$V(X_i)$ を $rp_i$ と書くのはポアソン分布との混同です。2項分布の分散には $(1-p_i)$ が付きます。相関係数の分母を作るときに効いてきます。
類題はどこにあるか
多項分布そのものは、平成12年度以降の数学で4年度(2008・2013・2021・2023年度)に登場しています。タクティクス第3章 3-1「多項分布」には本問のほか H15.1(8)・2021.1(3)・2022-1(1) が収録されており、講師コメントに「確率関数や特性値、周辺分布はすぐにアウトプットできるようにしておこう」とあります。
条件付き分布が2項分布に潰れる構造は、損保数理の複合ポアソン分布の分解(件数を固定すると多項分布になる話)と表裏一体です。この1問で身につく「2択への潰し方」は、科目をまたいで使えます。
まとめ
- $r$ 回の試行がどれか1つの箱に必ず入るなら多項分布。ただし計算は2項分布に潰してから行う。
- 条件付き分布は「残りの試行の再正規化」。成功確率の分母が $1 - p_1$ に変わることが本質で、定義どおりの割り算はその裏付け。
- 共分散 $-rp_ip_j$ は積率母関数の偏微分でも、和 $X_i + X_j$ の分散からでも出せる。空欄形式なら後者が速い。
- 相関は必ず負。$n = 2$ で $\rho = -1$ になることが検算に使える。
※ 厳密に言えば(補注)
- 「相関は必ず負」は、各確率が正($p_i > 0$、$p_j > 0$)で $r \ge 1$ という通常の設定での話です。確率が0のシナリオが混ざっていれば共分散は0になります。同様に、条件付き分布の議論は条件の確率が正($p_1 < 1$、$P(X_1 = k_1) > 0$)であることを前提にしています。
- 「残りの試行の再正規化」という読みは直感的な言い換えで、厳密には「$X_1 = k_1$ のもとで $(X_2, \dots, X_n)$ の条件付き同時分布が、確率を $\frac{p_j}{1-p_1}$ に付け替えた多項分布 $\mathrm{mult}(r-k_1)$ になる」という事実に対応します。本文の定義どおりの計算がその証明です。