その名前をどこで見るか
ネイマンの名前が付いているものは2つあります。
ネイマン=ピアソンの補題です。2つの単純な仮説を比べるとき、有意水準を守りながら検出力を最大にする棄却域は、尤度比を使って作れるという主張です。
$$\frac{L(\theta_1)}{L(\theta_0)} > c \quad \text{のとき帰無仮説を棄却する}$$
尤度比がある値を超えたら棄却する。単純仮説どうしというこの設定では、この形が最良(最強力検定)になります。
もう1つがネイマン型の信頼区間です。信頼区間という考え方そのものが彼の導入によるものです。
そして名前は付いていませんが、有意水準と検出力を非対称に扱う枠組み全体が彼の設計です。第1種の誤りの確率を先に決めて上限として固定し、その制約のもとで第2種の誤りを小さくする。この順序が現代の検定の標準になっています。
教材とタクティクスを合わせて数えると、ネイマンの出現数は24回でした。
どんな人だったか
イェジ・ネイマン(1894年生まれ、1981年没)はポーランド生まれの統計学者です。
ロシア領で生まれ、ポーランドで学び、ロンドンのユニヴァーシティ・カレッジで研究し、後にアメリカへ移ってカリフォルニア大学バークレー校に統計研究所(Statistical Laboratory)を創設し、のちに独立する統計学科の土台を築きました。国をまたいで移動した経歴を持ちます。
ロンドン時代に、カール・ピアソンの息子であるエゴン・ピアソンと共同研究を行いました。検定の最適性についての論文が1933年、信頼区間についての論文が1937年です。
面白いのは、彼が父のカール・ピアソンとは対立する立場を取ったことです。適合度検定を作ったカール・ピアソンの流儀に対して、ネイマンとエゴンは検定を決定の問題として捉え直しました。世代をまたいで研究室の中で流儀が交代したことになります。
なぜその概念が必要になったか
ピアソンやフィッシャーの時代に、検定の手続きは既に使われていました。統計量を作り、有意水準を決め、棄却域を定める。
抜けていたのは、なぜその棄却域なのか、という根拠です。
有意水準5%を守る棄却域は無数にあります。分布の右端5%を取ってもよい、左端5%でもよい、両端2.5%ずつでもよい、真ん中の5%を取ることさえ形式的には可能です。どれも有意水準は守ります。
ネイマンとエゴン・ピアソンは、選ぶ基準を持ち込みました。対立仮説が正しいときに正しく棄却できる確率、つまり検出力を最大にするものを選ぶ、という基準です。
この基準を置いた瞬間に、問題が最適化問題になります。制約は有意水準、目的は検出力の最大化。そして最適解が尤度比を使った形で書けることを示したのが、ネイマン=ピアソンの補題です。
同じ発想が信頼区間にもつながります。区間推定は、母数を含む確率が一定以上になる区間を作る手続きです。ここでも「そういう区間は無数にあるが、どれを選ぶか」という問いが生じます。ネイマンは検定との対応を通じて、信頼区間を構成する一般的な方法を与えました。
重要なのは、第1種と第2種の誤りが対等ではないという点です。有意水準は先に決めて動かさず、検出力は結果として得られる量として扱います。これは数学的な要請ではなく、実務上の判断です。帰無仮説を誤って棄却することを、より重い誤りとみなす立場です。
試験ではこう出る
2001年度から2025年度までの25年度で、ネイマンという語が現れるのは1年度だけです。2021年度です。
一方、尤度比や最強力という語まで含めると5年度になります。さらに、検出力や第2種の誤りが問われた年度は17年度あります。
つまり、彼の名前はほとんど出ませんが、彼が作った枠組みは3年に2年ほどの割合で使われています。
出方を整理します。
検出力を求める形。有意水準を与えて棄却域を決め、対立仮説のもとで棄却される確率を計算します。2000年度(H12)の問題2(5)は、箱の中身が2通りのどちらかという設定で、復元抽出3回のうち1回でも白玉が出たら帰無仮説を棄却するとき、検出力を求めさせています。
標本数を決める形。真の分散が仮定の何倍であるとき、確率99%で棄却するために必要な最小の標本数を求める、といった問い方です。検出力を目標値以上にするための条件から逆算します。
尤度比検定として。適合度検定の周辺で、尤度比を統計量に取る形が出ます。
信頼区間として。これはほぼ毎年出ます。区間推定が出た年度は25年度中24年度で、実質的に必ず出る論点です。信頼区間という言葉自体がネイマン由来であることを知らずに使っている、という状態が普通です。
タクティクスの下巻は、正規母集団、2つの正規母集団、2項母集団、ポアソン母集団、指数母集団と、母集団の種類ごとに章を分けています。章が変わっても、有意水準を固定して棄却域を取るという枠組みは共通です。章ごとに違うのは、どの統計量がどの分布に従うかだけです。
まとめ
- イェジ・ネイマン(1894年生・1981年没、ポーランド生まれ)はエゴン・ピアソンと共同で検定の最適性の理論を作った。
- 有意水準を守る棄却域は無数にある。検出力を最大にするものを選ぶ、という基準を持ち込んだ。
- 最適な棄却域が尤度比で書けるのがネイマン=ピアソンの補題(1933年)。信頼区間の理論は1937年。
- 第1種と第2種の誤りは対等ではない。有意水準を先に固定するのは実務上の判断。
- 過去問25年度で名前が出るのは1年度。検出力は17年度、区間推定は24年度に出ている。