どんな本か

『分布からはじめる確率・統計入門——実用のための直感的アプローチ』(岩沢宏和、東京図書、2016)は、確率分布を主役に据えて確率・統計を組み立てた入門書です。副題のとおり、直感的な理解を優先した構成になっています。

同じ著者の『リスクを知るための確率・統計入門』がタクティクスのおすすめ図書欄で名指しされているのに対し、この本は推薦欄には登場しません。本文からの参照が2か所あるだけです。

ただ、その2か所の中身が具体的です。「この論点はこの本を見よ」という形の参照なので、逆に使いどころがはっきりしています。

参照1:逆分布関数(シミュレーションの章)

下巻のシミュレーションの章、合成法を扱う節にある Point 欄です。

逆分布関数 $F_X^{-1}(u)$ については、参照のこと。

シミュレーションの問題は、$(0,1)$ 上の一様乱数を分布関数の逆に通して、目的の分布に従う値を作るところから始まります。逆関数法と呼ばれる手順です。

素朴に見えますが、離散分布では分布関数が階段状になるため、逆関数がそのままでは定義できません。そこで「$F_X(x) \geq u$ となる最小の $x$」という形で逆分布関数を定義し直します。この定義を知らないまま離散分布のシミュレーション問題に当たると、どこで区切るのかが決まらずに止まります。

参照されているのが、まさにその節です。タクティクスの解答は逆分布関数を使う前提で書かれているので、定義があいまいなら先に埋めておく必要があります。

参照2:キュムラント(過去問類題の解答)

もうひとつは、2016年度 問題1(5) の類題解答にある公式欄です。キュムラントの定義を示したうえで

詳しくは、参照。

と書かれています。

キュムラントは、モーメントを組み替えて作る分布の指標です。1次から4次までは

$$C_1(X) = E(X), \quad C_2(X) = V(X), \quad C_3(X) = E\left[(X - \mu)^3\right]$$

$$C_4(X) = E\left[(X - \mu)^4\right] - 3\left\{V(X)\right\}^2$$

となります。2次と3次は中心モーメント(平均からのずれのべき乗の期待値)そのものですが、1次は中心モーメントではなく平均で、4次では $-3\{V(X)\}^2$ という補正が入ります。この補正のおかげで、正規分布の4次キュムラントが0になります。

キュムラントの効き目は加法性にあります。$X$ と $Y$ が独立で、必要な次数までのモーメントが存在するなら

$$C_k(X + Y) = C_k(X) + C_k(Y)$$

が成り立ちます。分散が独立な変数の和で足し算になるのは知られていますが、それが2次のキュムラントの性質にすぎず、同じことが3次でも4次でも成り立つ、という見方です。

注意したいのは、歪度や尖度そのものには加法性がないことです。これらはキュムラントを標準偏差のべき乗で割った量なので、和を取ると分母が変わります。加法性が使えるのはキュムラントの段階までで、指標に直すのは最後、という順序になります。

独立な変数の和について歪度や尖度を求めさせる問題では、キュムラントの段階で足し算してから指標に直す、という順序が効きます。指定演習書ではあまり前面に出てこない道具なので、参照先を1つ持っておく価値があります。

この本の使いどころ

参照2か所の共通点は、「定義そのものを確認したい」という用途です。

逆分布関数もキュムラントも、計算の技法というより定義の問題です。定義を知っていれば手が動き、知らなければ止まる。そういう論点に対して、この本が参照先として挙げられています。

したがって、通読して力をつける本というより、詰まった論点を調べる本として持つのが実際的でしょう。分布を主役に据えた構成なので、「この分布の性質はどうだったか」を引きに行く使い方とも相性がよくなっています。

姉妹書との違い

同じ著者の『リスクを知るための確率・統計入門』は、タクティクス本文から5か所参照され、順序統計量や信頼区間といった論点で名指しされています。統計側の理屈を入れる本という位置づけです。

こちらは分布そのものが主題で、参照も分布の性質に関わる2か所。役割が重なっていません。両方をライブラリーに入れてあるのは、そういう理由です。

2冊のうちどちらか1冊を先に、というなら、タクティクスの推薦欄に載っているぶん『リスクを知る』のほうが優先度は高くなります。

ライブラリーの該当ページ

参考書ライブラリーの数学に登録してあります。書誌情報と入手先へのリンクが確認できます。

まとめ

  • 岩沢宏和『分布からはじめる確率・統計入門』(東京図書、2016)。確率分布を主役に据えた入門書。
  • タクティクスのおすすめ図書欄には出てこないが、本文から2か所参照されている。
  • 1つはシミュレーションの章の逆分布関数。離散分布では定義が非自明なので、定義を押さえる必要がある。
  • もう1つは過去問類題のキュムラント。独立な変数の和で加法性が成り立つのが効き目。
  • 用途は「定義を確認する」こと。通読する本というより、詰まった論点を引きに行く本。