参照されているのは複素数の付録

タクティクスには複素数の付録が付いています。その冒頭に、この本が挙げられています。

指定演習書の確率編の p.121 例題7、p.128 問題10・問題11、p.167 問題1 など、特性関数に絡んだ問題や定理は複素数の知識が全くないと、何を書いているのかさっぱりわからないと思います。そこでこの付録では、そういった証明問題の解答を読み進むために必要な最低限の複素数の知識をまとめました。この付録で不十分の場合は高校数学の参考書に戻って勉強すると良いでしょう。『初めから始める数学III Part1』はわかりやすい解説でおすすめできます。

参照はこの1か所(上下巻に同じ記述)だけです。用途がはっきり限定されています。

なぜ複素数が必要になるのか

特性関数は、確率変数 $X$ に対して

$$\varphi_X(t) = E\left(e^{itX}\right) \qquad (t \in \mathbb{R})$$

で定義される、実数 $t$ の関数です。指数の肩に虚数単位 $i$ が乗っています。

積率母関数 $M_X(t) = E\left(e^{tX}\right)$ とよく似た形ですが、決定的な違いがあります。積率母関数は、0のまわりの区間で有限になるとは限りません。コーシー分布や対数正規分布では、0以外の $t$ で発散します。一方、特性関数は $\left|e^{itX}\right| = 1$ で被積分関数の絶対値が1に抑えられるので、どんな分布についても必ず定義できます。

この「必ず存在する」という性質のおかげで、特性関数は分布を一意に決める道具として使えます。中心極限定理の証明も、標準的には特性関数の収束を示す形で進みます。

そのぶん、扱いには複素数が要ります。オイラーの公式 $e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta$、絶対値、共役、複素平面での回転——このあたりが頭にないと、証明の1行目から止まります。

指定演習書のどこで出るか

引用文がページまで挙げているのが目を引きます。指定演習書『確率統計演習1 確率』の p.121 例題7、p.128 問題10・問題11、p.167 問題1。

特定の問題を名指ししているということは、そこを読むために必要だという意味です。逆に言えば、この本を通読する必要はありません。該当箇所を読む前に、複素数の基礎を戻しておけば足ります。

付録で足りるか、本に戻るか

タクティクスの付録は「証明問題の解答を読み進むために必要な最低限」と自ら書いています。最低限であることを認めたうえで、足りない場合の戻り先を示している、という構造です。

判断の目安は、付録を読んで話が追えるかどうかでしょう。オイラーの公式が出てきたときに「見たことはある」で止まるなら、高校範囲から戻したほうが結局は早いはずです。逆に、記号を見れば思い出せる程度なら、付録だけで足ります。

複素数平面は、この本が刊行された当時の課程では数学IIIに置かれていた単元です(現行の課程では数学Cに移っています)。いずれにせよ高校の履修の終盤に来る単元なので、文系出身の方や、理系でも受験で使わなかった方は、そもそも習っていない可能性があります。その場合は迷わず戻る場面です。

Part1 という指定について

タクティクスが挙げているのは Part1 です。このシリーズは2冊に分かれており、複素数平面は前半の巻で扱われています。

参考書ライブラリーの説明文では広義積分や置換積分に触れていますが、タクティクスが実際に参照しているのは複素数の文脈です。積分計算の戻し先が必要なら、『1冊でマスター 大学の微分積分』のほうがタクティクス本文からも参照されており、目的に合います。

どの段階で使うと効くか

特性関数を使う問題に当たって、記号の意味が取れないと感じたときです。

先回りして複素数を復習する必要はありません。確率・統計の学習を進めていて、特性関数の証明で止まったら、まずタクティクスの付録を開く。それで足りなければこの本に戻る。順序としてはそうなります。

なお、タクティクスが挙げているのは指定演習書の証明問題や定理を読む場面です。読めない状態を放置すると、指定演習書の解答が読めない箇所が残り続けるので、どこかで埋めておく必要はあります。

ライブラリーの該当ページ

参考書ライブラリーの数学に登録してあります。書誌情報と入手先へのリンクが確認できます。

まとめ

  • 馬場敬之『初めから始める数学III Part1』(マセマ出版、2020)。タクティクスの複素数の付録から参照されている。
  • 用途は特性関数の証明を読むこと。指定演習書の確率編の該当ページまで名指しされている。
  • 特性関数 $E(e^{itX})$ は積率母関数と違ってどんな分布でも存在する。そのぶん複素数の扱いが要る。
  • タクティクスの付録は「最低限」と自ら書いており、足りない場合の戻り先としてこの本が挙がっている。
  • 先回りして復習する本ではない。特性関数で止まったときに開く本。