この記事が扱うこと
合格へのタクティクス 数学(上巻)の付録B、複素数の基礎のうち後半にあたる部分です。前半の複素数平面と三角不等式は別の記事で扱っています。
ここで扱うのは4つです。ド・モアブルの定理、オイラーの公式、$\left|e^{i\theta}\right| = 1$、そして $\left|e^{i\theta} - 1\right| \leq |\theta|$。
このうち試験の証明問題で実際に使われるのは後ろの2つです。前の2つは、その2つを導くための道具という位置づけになります。
ド・モアブルの定理
複素数 $z \neq 0$ を極形式 $z = r(\cos\theta + i\sin\theta)$ で書いたとき、整数 $n$ に対して
$$z^{n} = r^{n}\left(\cos n\theta + i\sin n\theta\right)$$
が成り立ちます。特に $\left|z^n\right| = |z|^n$ です。
根拠は積の極形式です。複素数の掛け算は、長さを掛けて角度を足す操作でした。同じものを $n$ 回掛けるのだから、長さは $n$ 乗、角度は $n$ 倍になります。それだけの主張です。
数値で確かめます。$r = 2$、$\theta = 0.7$、$n = 5$ とすると
$$z^5 = -29.9666 - 11.2251i$$
公式に入れた $2^5(\cos 3.5 + i\sin 3.5)$ も同じ値になります。
オイラーの公式
$\theta$ を実数として
$$e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta$$
導出は級数を3つ並べるだけです。マクローリン展開を書きます。
$$e^{x} = 1 + \frac{x}{1!} + \frac{x^2}{2!} + \frac{x^3}{3!} + \cdots$$
$$\cos x = 1 - \frac{x^2}{2!} + \frac{x^4}{4!} - \cdots$$
$$\sin x = x - \frac{x^3}{3!} + \frac{x^5}{5!} - \cdots$$
1つめに $x = i\theta$ を入れます。
$$e^{i\theta} = 1 + i\theta + \frac{(i\theta)^2}{2!} + \frac{(i\theta)^3}{3!} + \frac{(i\theta)^4}{4!} + \cdots$$
$i$ の累乗は4つ周期で $i, -1, -i, 1$ と巡ります。それに従って各項を整理し、実数の項と $i$ が付く項に分けます。
$$e^{i\theta} = \left(1 - \frac{\theta^2}{2!} + \frac{\theta^4}{4!} - \cdots\right) + i\left(\theta - \frac{\theta^3}{3!} + \frac{\theta^5}{5!} - \cdots\right)$$
括弧の中がそれぞれ余弦と正弦の級数です。
$$e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta$$
偶数次が実部に、奇数次が虚部に振り分けられます。指数関数の級数を2つに割ったものが余弦と正弦だった、と読めます。
$\theta = \pi$ を入れると $e^{i\pi} = -1$ となり、オイラーの等式と呼ばれます。
数値で確かめます。$\theta = 1.2$ で級数を20項まで足すと $0.3624 + 0.9320i$ となり、$\cos 1.2 + i\sin 1.2$ と小数点以下15桁まで一致します。
この公式のおかげで、極形式はもっと短く書けます。
$$z = r(\cos\theta + i\sin\theta) = r e^{i\theta}$$
ド・モアブルの定理も指数法則そのものになります。$\left(re^{i\theta}\right)^n = r^n e^{in\theta}$。角度が足されるのは、指数の肩が足されるからでした。
試験で効く2つの関係
ここからが本題です。
1つめ。$e^{i\theta}$ は単位円上の点なので、絶対値は1です。
$$\left|e^{i\theta}\right| = \left|\cos\theta + i\sin\theta\right| = \sqrt{\cos^2\theta + \sin^2\theta} = 1$$
これが、特性関数がすべての実数 $t$ で存在する理由になります。$\left|e^{itX}\right| = 1$ なので、期待値を取る対象の大きさが1で押さえられ、発散しません。積率母関数にはこの保証がありません。
2つめ。1からの距離が角度以下になります。
$$\left|e^{i\theta} - 1\right| \leq |\theta|$$
これは図で理解するのが早い。複素数平面に単位円を描き、実軸との交点である1と、偏角 $\theta$ の点 $e^{i\theta}$ を取ります。左辺はこの2点を直線で結んだ長さ、つまり弦の長さです。右辺の $|\theta|$ は、$|\theta| \leq \pi$ の範囲では同じ2点を結ぶ弧の長さになります(それより大きい $|\theta|$ は、円周上を $\theta$ だけ回ってたどる道のりと読めば、不等式はそのまま成り立ちます。代数的には $|e^{i\theta}-1| = 2|\sin(\theta/2)| \leq |\theta|$ です)。
弦は弧より短い。それだけの主張です。
数値で確かめる
弦の長さは正確には $2\left|\sin\dfrac{\theta}{2}\right|$ になります。半径1の円で中心角 $\theta$ の弦の長さです。
| $\theta$ | 弦 $\left|e^{i\theta}-1\right|$ | 弧 $|\theta|$ | 比 |
|---|---|---|---|
| 0.1 | 0.099958 | 0.1 | 0.9996 |
| 0.5 | 0.494808 | 0.5 | 0.9896 |
| 1.0 | 0.958851 | 1.0 | 0.9589 |
| 2.0 | 1.682942 | 2.0 | 0.8415 |
| 3.0 | 1.994990 | 3.0 | 0.6650 |
| $\pi$ | 2.000000 | 3.141593 | 0.6366 |
すべての行で弦のほうが短く、$\theta$ が小さいほど比が1に近づきます。角度が小さければ弦と弧はほとんど同じ長さになる、という事実です。
$\theta = \pi$ で弦がちょうど2になるのは、直径だからです。これが弦として取りうる最大値で、$\theta$ をさらに大きくしても弦は2を超えません。一方 $|\theta|$ は増え続けるので、不等式は $\theta$ が大きい側でも成り立ち続けます。
つまずきポイント:$e^{i\theta}$ の絶対値を実数の指数関数のつもりで扱う
実数 $x$ に対しては $e^x$ が正の実数で、$x$ が大きくなれば $e^x$ も大きくなります。この感覚を虚数の肩に持ち込むと崩れます。
$$\left|e^{i\theta}\right| = e^{\theta} \quad \text{(これは誤り)}$$
$$\left|e^{i\theta}\right| = 1 \quad \text{(正しい)}$$
肩が純虚数のときは、大きさが変わらず角度だけが動きます。$\theta$ をいくら大きくしても単位円の上をぐるぐる回るだけで、絶対値は1のままです。
一般の複素数 $z = a + bi$ については
$$\left|e^{z}\right| = \left|e^{a}e^{bi}\right| = e^{a}\left|e^{bi}\right| = e^{a}$$
実部だけが大きさを決め、虚部は角度だけを決めます。$a = 0$ なら絶対値は1。この分解を覚えておくと迷いません。
もう1つ。$\left|e^{i\theta} - 1\right| \leq |\theta|$ の右辺に絶対値が付いている理由です。$\theta$ が負でも弧の長さは正なので、$|\theta|$ でなければなりません。$\theta$ が正だと決めつけて絶対値を外すと、負の側で不等式が成り立たなくなります。証明の中では $\theta$ の符号が定まらないまま扱うことが多いので、ここは落とせません。
試験ではこう出る
2021年度の問題3は、15点の大問がまるごと特性関数にあてられました。示すべきことは、期待値 $\mu$ が存在するとき
$$\phi(t) = 1 + i\mu t + o(t)$$
が成り立つことです。$o(t)$ は $t \to 0$ のとき $t$ より高位の無限小になる項、つまり $o(t)/t \to 0$ を満たす項を表します。
この証明の中で、まさにこの記事の不等式が使われます。問題文は、ある量 $R$ について
$$|R| \leq \int_0^{|x|} \left|e^{\pm i \fbox{ }} - 1\right| du \leq \fbox{ }$$
という形の空欄を用意し、注記として「三角不等式を用いて計算される最小値を選ぶこと」と指示しています。被積分関数を上から押さえる段階で、$\left|e^{i\theta}-1\right| \leq |\theta|$ が効きます。
同じ大問の (1) では、特性関数が積率母関数より優れている点として $t$ の取りうる範囲を問うており、答えはすべての実数です。$\left|e^{itX}\right| = 1$ という、この記事の1つめの関係がその根拠になります。
つまり、この付録の2つの関係が、そのまま15点の大問を貫く道具として使われています。付録だから軽い、という位置づけではありません。
証明の全体の流れも押さえておくと見通しがよくなります。特性関数を $t$ について1次まで展開すると $1 + i\mu t$ が主要項になり、残りが $t$ より高位の無限小になる。この形が分かると、独立和では特性関数が積になるので、標本平均の特性関数として $\left(1 + i\mu t/n + \cdots\right)^n$ の形が現れ、極限で $e^{i\mu t}$ に収束します。これは標本平均が平均に集中する大数の法則の骨格です。中心極限定理では、さらに中心化して $\sqrt{n}$ で割ることで1次の項が消え、2次の項 $1 - t^2/(2n) + \cdots$ の $n$ 乗が $e^{-t^2/2}$ に収束する、という同じ型の議論を使います。
大数の法則や中心極限定理の証明を積率母関数で行う道もありますが、積率母関数が存在しない分布では使えません。特性関数なら常に存在するので、証明が一般の分布に対して通ります。複素数を経由する手間と引き換えに、この一般性を得ていることになります。
まとめ
- ド・モアブルの定理は、掛け算が長さの積と角度の和になることの繰り返し。$\left(re^{i\theta}\right)^n = r^ne^{in\theta}$。
- オイラーの公式は級数を3つ並べるだけ。偶数次が実部の余弦に、奇数次が虚部の正弦に振り分けられる。
- $\left|e^{i\theta}\right| = 1$。これが特性関数がすべての実数で存在する理由になる。
- $\left|e^{i\theta} - 1\right| \leq |\theta|$ は、単位円で弦は弧より短いという図そのもの。
- 2021年度の問題3では、この2つがそのまま15点の大問の道具として使われた。