問題
出典は合格へのタクティクス 数学(上巻)第2章 連続型分布、2-6 連続型分布一般の問題です。参考類題として H15.1(4) が挙げられています。目標解答時間は7分。
確率変数 $X$ の確率密度関数が
$$f(x) = \begin{cases} \dfrac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}} \cdot \dfrac{1}{x} \exp\left(-\dfrac{(\log x - \mu)^2}{2\sigma^2}\right) & (x > 0) \\[6pt] 0 & (x \leq 0)\end{cases}$$
で表されるとき、$X$ の期待値と分散を求めよ。
まず何に着目するか
密度関数の中身を見ます。指数の肩に $(\log x - \mu)^2$ があり、その外に $1/x$ が掛かっています。
この2つが同時に現れるのは偶然ではありません。$y = \log x$ と置く置換を想定した形です。$dy = dx/x$ なので、$1/x$ はヤコビアンとしてちょうど吸収されます。置換した後に残るのは
$$\frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}} \exp\left(-\frac{(y-\mu)^2}{2\sigma^2}\right)$$
正規分布 $N(\mu, \sigma^2)$ の密度関数そのものです。
つまり $Y = \log X$ が $N(\mu, \sigma^2)$ に従うということで、逆に言えば
$$X = e^{Y}, \qquad Y \sim N(\mu, \sigma^2)$$
この分布を対数正規分布といい、$LN(\mu, \sigma^2)$ と書きます。名前は「対数を取ると正規分布になる」という意味です。
ここが解法の分かれ目です。求めたいのは $E(X) = E\left(e^{Y}\right)$ ですが、これは指数関数の期待値です。そして正規分布の積率母関数は
$$M_Y(t) = E\left(e^{tY}\right)$$
$t = 1$ を代入すれば、まさに $E\left(e^{Y}\right)$ になります。
積率母関数は原点で微分してモーメントを取り出す道具だと習いますが、ここでは引数に具体的な値を代入して使います。定義に戻れば当たり前のことですが、用途を1つしか知らないと出てきません。
逆に、定義どおり $\int_0^{\infty} x f(x) dx$ を計算しにいくと、置換したうえで平方完成することになります。$E(X^2)$ でも同じ作業をもう一度することになり、7分では厳しくなります。
解法の筋道
使う道具は1つだけです。正規分布 $Y \sim N(\mu, \sigma^2)$ の積率母関数は
$$M_Y(t) = \exp\left(\mu t + \frac{\sigma^2 t^2}{2}\right)$$
これを覚えていれば足ります。
方針は次のとおりです。$X = e^Y$ と読み替える。$E(X) = M_Y(1)$、$E(X^2) = E\left(e^{2Y}\right) = M_Y(2)$ として代入する。分散は $E(X^2) - \left\{E(X)\right\}^2$ で作る。
$X^2 = \left(e^Y\right)^2 = e^{2Y}$ となるところが要点です。$X$ の2乗が、指数の肩の係数が2になることに対応します。
計算
期待値から求めます。
$$E(X) = E\left(e^{Y}\right) = M_Y(1) = \exp\left(\mu + \frac{\sigma^2}{2}\right)$$
次に2次モーメントです。
$$E(X^2) = E\left(e^{2Y}\right) = M_Y(2) = \exp\left(2\mu + \frac{\sigma^2 \cdot 4}{2}\right) = \exp\left(2\mu + 2\sigma^2\right)$$
分散を作ります。
$$V(X) = E(X^2) - \left\{E(X)\right\}^2 = \exp\left(2\mu + 2\sigma^2\right) - \exp\left(2\mu + \sigma^2\right)$$
共通因子でくくります。
$$V(X) = \exp\left(2\mu + \sigma^2\right)\left\{\exp\left(\sigma^2\right) - 1\right\}$$
答えは $E(X) = \exp\left(\mu + \dfrac{\sigma^2}{2}\right)$、$V(X) = \exp\left(2\mu+\sigma^2\right)\left\{\exp\left(\sigma^2\right)-1\right\}$ です。
検算をします。$\sigma \to 0$ とすると、$Y$ は $\mu$ に集中するので $X$ は $e^{\mu}$ に集中するはずです。式に入れると $E(X) \to e^{\mu}$、$V(X) \to e^{2\mu}(1-1) = 0$。合っています。
もう1つ。$\mu = 0$、$\sigma = 1$ を入れると $E(X) = e^{1/2} = 1.6487$、$V(X) = e(e-1) = 4.6708$ です。平均が1.65なのに標準偏差が2.16と平均より大きい。対数正規分布は裾が右に長く伸びる分布なので、こういう形になります。
積分で押すとどうなるか
積率母関数を使わない道も見ておきます。定義から始めます。
$$E(X) = \int_0^{\infty} x \cdot \frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}} \cdot \frac{1}{x} \exp\left(-\frac{(\log x - \mu)^2}{2\sigma^2}\right) dx$$
$x$ と $1/x$ が約分されます。$t = \log x - \mu$ と置くと $x = e^{t+\mu}$、$dx = e^{t+\mu} dt$ で、積分区間は全実数になります。
$$E(X) = \frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}} \int_{-\infty}^{\infty} e^{t+\mu} \exp\left(-\frac{t^2}{2\sigma^2}\right) dt$$
指数をまとめて平方完成します。
$$-\frac{t^2}{2\sigma^2} + t = -\frac{t^2 - 2\sigma^2 t}{2\sigma^2} = -\frac{(t-\sigma^2)^2}{2\sigma^2} + \frac{\sigma^2}{2}$$
平方完成で外に出た $\sigma^2/2$ と、もとの $e^{\mu}$ が残ります。残った積分は正規分布の密度の全積分なので1です。
$$E(X) = \exp\left(\mu + \frac{\sigma^2}{2}\right)$$
同じ答えになりました。$E(X^2)$ でも同じ手順を繰り返すことになり、そこでは $-t^2/(2\sigma^2) + 2t$ を平方完成します。
積率母関数を使う道は、この平方完成を2回とも省いたことになります。正規分布の積率母関数そのものが、平方完成を一度だけ済ませた結果だからです。
つまずきポイント:$E(X) = e^{\mu}$ としてしまう
$Y = \log X$ の平均が $\mu$ なのだから、$X$ の平均は $e^{\mu}$ だろう、と考える誤りです。
$$E(X) = e^{\mu} \quad \text{(これは誤り)}$$
$$E(X) = \exp\left(\mu + \frac{\sigma^2}{2}\right) \quad \text{(正しい)}$$
一般に $E\left(g(Y)\right) \neq g\left(E(Y)\right)$ です。$g$ が線形なら等号が成り立ちますが、指数関数は線形ではありません。
ずれる向きも決まっています。指数関数は下に凸なので、イェンセンの不等式から $E\left(e^Y\right) \geq e^{E(Y)}$ が成り立ちます。実際 $\sigma^2/2 > 0$ なので、正しい期待値のほうが必ず大きくなります。
$e^{\mu}$ が何を表すかというと、対数正規分布の中央値です。$Y$ の中央値が $\mu$ で、指数関数は単調増加だから、$X$ の中央値は $e^{\mu}$ になります。平均ではなく中央値。ここを取り違えると、裾の長い分布で平均と中央値がずれるという性質を見落とします。
平均、中央値、最頻値を並べると次のようになります。
| 統計量 | 値 |
|---|---|
| 平均 | $\exp\left(\mu + \sigma^2/2\right)$ |
| 中央値 | $\exp(\mu)$ |
| 最頻値 | $\exp\left(\mu - \sigma^2\right)$ |
$\sigma$ が大きいほど3つが離れます。損保数理でクレーム額の分布として対数正規分布が使われるとき、この差が実務上の意味を持ちます。
本試験ではこう問われる
原問は2003年度(H15)問題1(4)です。密度関数の書き方も問い方も類題と一致していました。
確率変数 $X$ の確率密度関数が
$$f(x) = \begin{cases} \dfrac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}} \dfrac{1}{x} \exp\left(-\dfrac{(\log x - u)^2}{2\sigma^2}\right) & (x>0) \\[6pt] 0 & (x \leq 0)\end{cases}$$
で表されるとき、$X$ の期待値 $E(X) = \fbox{ }$ で、$X$ の分散 $V(X) = \fbox{ }$ である。
平均を表す文字が $\mu$ ではなく $u$ で書かれている点だけが表記の違いです。同じ答えになります。
この年度は問題1(3)がガンマ分布の再生性、問題1(5)が負の二項分布の再生性でした。分布の性質を1問ずつ切り分けて並べる構成で、(4)はそのなかで変数変換を扱う位置にあります。
対数正規分布そのものの名前が問題文に出るのは、平成12年度から令和7年度までの26年度のうち2年度です。ただし、この記事で使った考え方は名前が出ない形でも使えます。指数関数の期待値を求めたいときに積率母関数へ持ち込む、という一手です。
たとえば株価の推移をモデル化する問題では、対数収益率が正規分布に従うとして株価そのものの期待値を求めさせることがあります。名前は出なくても、$E\left(e^{Y}\right) = M_Y(1)$ の形が使われています。
まとめ
- 密度に $1/x$ と $(\log x - \mu)^2$ が同時に現れたら、$y = \log x$ の置換を想定した形。対数正規分布である。
- $X = e^Y$、$Y \sim N(\mu,\sigma^2)$ と読み替える。$E(X) = M_Y(1)$、$E(X^2) = M_Y(2)$ で出る。
- 積率母関数は微分するだけの道具ではない。引数に具体的な値を代入する使い方がある。
- $E(X) = \exp(\mu+\sigma^2/2)$、$V(X) = \exp(2\mu+\sigma^2)\{\exp(\sigma^2)-1\}$。$\sigma \to 0$ で検算できる。
- $e^{\mu}$ は平均ではなく中央値。指数関数は線形でないので、平均を取ってから指数を取ってはいけない。