この本は「参考書」ではない
先に位置づけを確認しておきます。ホーエル『入門数理統計学』は、参考書ではなく指定教科書です。
試験範囲の記事で整理したとおり、数学の指定教科書は5冊あり、この本はそのうちの1冊。要領では確率の教科書として挙げられ、第12章・第13章を除く、という範囲の注記が付いています。
参考書紹介の記事でこの本を扱うのは、ほかの4冊と扱われ方が違うからです。指定教科書でありながら、実際には「余裕があれば見ておく本」として説明されることが多い。その事情を、タクティクスの参照箇所から読み解きます。
タクティクスがどう位置づけているか
タクティクスの冒頭、教材の説明にあたる箇所では次のように書かれています。
これら以外にも、『入門数理統計学』や、『基礎統計学I統計学入門』がありますが、そちらからのみの直接の出題が目立ってきたら参照を掲載していこうと思います。
「これら」というのは、指定演習書である国沢の確率編・統計編です。つまりタクティクスは、演習書2冊を軸に構成し、理論書2冊は必要になったら足す、という方針を取っています。
ところが本文を追うと、この本の名前は上巻4か所・下巻5か所の節に出てきます(\cite の出現回数では上巻7・下巻9)。方針としては控えめに扱いつつ、実際には要所で名前が出てくる。その要所がどこかを見ていきます。
参照の中身は、ほとんど統計側
参照箇所を並べると、偏りがはっきりします。
| 参照箇所 | 巻 | 内容 |
|---|---|---|
| 教材の説明(HowToUse) | 上・下 | 「そちらからのみの直接の出題が目立ってきたら参照を掲載していこうと思います」 |
| 離散型分布・幾何分布の節 | 上・下 | この本ではファーストサクセス分布を幾何分布と呼んでいる、という呼称の注意 |
| 適合度検定の総合問題 | 上・下 | 指定演習書にあまり載っていないので、深めるならこの本。結果は p.225、証明は付録 p.358 |
| 回帰分析の節 | 上・下 | 多項式回帰が p.175 に登場する |
| その他の検定の節 | 下 | 2022年度 問題2(2) がこの本の問題からの出題 |
教材の説明を除くと、幾何分布の呼称以外はすべて統計側です。適合度検定、回帰分析、第1種・第2種の誤り。確率の教科書として指定されている本が、統計の論点で参照されている。
回帰分析の節では、その事情がはっきり書かれています。
この本は確率の教科書として指定されているものの、統計の大問のベースがこの本にしかないものがあるので、指定演習書を終えて時間に余裕がある場合は参考までにさらっと見ておくとよい。
「統計の大問のベースがこの本にしかない」——これがこの本の実際の位置づけです。
出題の実例:2022年度 問題2(2)
その他の検定の節にある Point 欄は、さらに踏み込んでいます。
この本の問題からの出題。今後この本からの出題も増えることが予想される。
第1種の誤り・第2種の誤りを扱う問題について、この本の問題が下敷きになっているという指摘です。ここまで具体的に出典に触れている記述は、タクティクスの中でも多くありません。
「今後も増えることが予想される」という見通しが添えられているので、範囲内の章については目を通せる状態にしておくのが安全だと読めます。
適合度検定:指定演習書の穴を埋める
適合度検定の総合問題の Point 欄では、次の3点が書かれています。
適合度検定の検定方式の導出の理解を問う問題。
指定演習書の統計編にはあまり載っていないため、このあたりをさらに勉強したい場合はこの本を見るとよい。
(1) の結果は p.225 に登場し、証明が付録の p.358 に掲載されている。
適合度検定は、検定統計量がなぜカイ二乗分布で近似できるのかという導出まで問われることがあります。標本数が大きいときの漸近的な結果なので、「従う」ではなく「近づく」が正確な言い方です。その導出が指定演習書では手薄で、この本には結果と証明の両方がある、という構図です。
ページまで特定されているので、必要になったときに直接その箇所を開けます。
幾何分布とファーストサクセス分布:呼称の落とし穴
統計側以外で唯一の参照が、離散型分布の節にあります。
この本ではファーストサクセス分布のことを幾何分布と言っていたりするため、確率関数の形をみてどちらかを判断できるようにしよう。
幾何分布には2つの流儀があります。最初の成功までの失敗回数を数えるものと、成功したときが何回目かを数えるものです。前者は0から始まり、後者は1から始まります。平均も $q/p$ と $1/p$ で1だけ違います。
この本は後者を幾何分布と呼んでいる、という注意です。本によって定義が違う以上、名前で判断せず確率関数の形を見る——というのが正しい対処になります。試験の問題文でも、名前ではなく確率関数が与えられることが多いので、その習慣を持っておくと迷いません。
弱点克服とは正反対の位置
弱点克服の記事で見たとおり、そちらは確率とモデリングに参照が集中し、統計側は0か所でした。この本はその逆で、参照のほとんどが統計側です。
タクティクス上下巻の \cite を全数集計すると、指定演習書の統計編が86回、この本が16回。演習書に次ぐ2番手です。統計の論点で行き詰まったときの参照先として、実際に機能している本だと分かります。
どの段階で使うと効くか
指定演習書の統計編をひととおり終えたあと、というのがタクティクス本文の想定です。
統計の分野で「解けるが理屈が説明できない」という状態が残っているなら、適合度検定の導出あたりから読むのが効率的でしょう。また、第1種・第2種の誤りのように出題実績が特定されている論点は、該当箇所を先に見ておく価値があります。
範囲外の第12章・第13章には手を出さないこと。試験範囲の記事でも書いたとおり、範囲外を先に切っておくのは時間を守るための基本作業です。
ライブラリーの該当ページ
参考書ライブラリーの数学に登録してあります。書誌情報と入手先へのリンクが確認できます。
まとめ
- ホーエル『入門数理統計学』は参考書ではなく指定教科書。要領では確率の教科書として挙げられ、第12章・第13章は範囲外。
- タクティクス本文で名前が出るのは上巻4か所・下巻5か所の節。教材の説明と幾何分布の呼称を除けば、すべて統計側の論点。
- 「統計の大問のベースがこの本にしかないものがある」とタクティクスが明記している。
- 2022年度 問題2(2)(第1種・第2種の誤り)はこの本の問題からの出題で、「今後も増えると予想される」との記述がある。
- 適合度検定の導出は指定演習書が手薄。結果は p.225、証明は付録 p.358 と場所まで特定されている。