この記事で扱う証明

教科書 第5章 練習問題(1)の(20)です。

$n$ 年満期養老保険について、$t$ 年後の責任準備金にあたる確率変数の分散が

$$\sigma^{2}\left(\resv{t}{x:\angl{n}}\right) = \frac{\sigma^{2}\left(\Aendow{x+t}{n-t}\right)}{d^{2}\, \ddot{a}^{2}_{x:\angl{n}}} = \frac{\sigma^{2}\left(\Aendow{x+t}{n-t}\right)}{\left(1 - \Aendow{x}{n}\right)^{2}}$$

となることを示す問題です。

そもそも、責任準備金は確率変数なのか

生保数理の計算では、責任準備金を数表から引いた確定値として扱います。$\resv{t}{x:\angl{n}} = \Aendow{x+t}{n-t} - P\,\aaxn{x+t}{n-t}$ に数値を入れれば答えが出る。

しかし、この式が表しているのは1人の契約者に起きることの平均です。実際には、その人が来年死ぬか、満期まで生きるかで、会社が受け取る保険料も払う保険金も変わります。

契約者ごとに実現する「将来給付の現価 - 将来保険料の現価」——将来損失と呼びます——は確率変数で、その期待値が責任準備金です。責任準備金そのものは計算基礎率で決まる確定値ですが、もとの将来損失にはばらつきがあります。この問題は、そのばらつきを求めよと言っています。

記号 $\sigma^{2}\left(\resv{t}{x:\angl{n}}\right)$ は「責任準備金という数値の分散」ではなく、「責任準備金を期待値とする将来損失の分散」を表す教科書の略記です。同じように $\sigma^{2}\left(\Aendow{x+t}{n-t}\right)$ も、$\Aendow{x+t}{n-t}$ を期待値とする給付現価の分散を指します。以下ではこの約束で読んでください。

黒田先生の『生命保険数理』を紹介した記事で触れた「確率論の顔」が、教科書の練習問題として顔を出す場面です。

出発点:損失を確率変数として書く

$t$ 年後の時点から見て、その契約が会社にもたらす損失を $L$ と置きます。

$s$ 年後($s = 1, \dots, n-t$)に死亡すれば、保険金1を $s$ 年後に払い、それまで $s$ 年分の保険料を受け取ります。したがって

$$L = v^{s} - P\,\aann{s}$$

満期まで生存すれば、$n-t$ 年後に1を払い、$n-t$ 年分の保険料を受け取るので

$$L = v^{n-t} - P\,\aann{n-t}$$

責任準備金 $\resv{t}{x:\angl{n}}$ は、この $L$ の期待値です。分散を求めるには $E(L^2) - \{E(L)\}^2$ を計算することになります。

鍵になる書き換え:$\aann{s}$ を $v^s$ で書く

そのまま2乗すると項が増えて手に負えません。ここで効くのが、確定年金現価を現価率で書き直す関係です。

$$\aann{s} = \frac{1 - v^{s}}{d}$$

これを損失の式に代入します。

$$v^{s} - P\,\aann{s} = v^{s} - P\cdot\frac{1 - v^{s}}{d} = \left(\frac{P}{d} + 1\right) v^{s} - \frac{P}{d}$$

$v^s$ の1次式になりました。$s$ に依存する部分が $v^s$ だけに集まっています。

同じ書き換えを責任準備金そのものにも施します。

$$\resv{t}{x:\angl{n}} = \Aendow{x+t}{n-t} - P\,\aaxn{x+t}{n-t} = \left(\frac{P}{d} + 1\right) \Aendow{x+t}{n-t} - \frac{P}{d}$$

養老保険の現価 $\Aendow{x+t}{n-t}$ が、$v^s$ の期待値にあたることを思い出してください。同じ1次式が、確率変数の側にも期待値の側にも現れました。

分散を計算すると、定数項が消える

分散は「2乗の期待値 - 期待値の2乗」です。上の1次式を $aX + b$($a = P/d + 1$、$b = -P/d$、$X$ は $v^s$ にあたる確率変数)と見ると、分散の性質から

$$\sigma^{2}(aX + b) = a^{2}\,\sigma^{2}(X)$$

定数 $b$ は分散に効きません。実際、教科書の解答で $\frac{2P}{d}\left(\frac{P}{d}+1\right)$ の項や $\left(\frac{P}{d}\right)^2$ の項が現れては消えていくのは、この打ち消し合いです。

残るのは

$$\sigma^{2}\left(\resv{t}{x:\angl{n}}\right) = \left(\frac{P}{d} + 1\right)^{2} \sigma^{2}\left(\Aendow{x+t}{n-t}\right)$$

ここで、給付現価の確率変数を $Z$(死亡なら $v^{s}$、満期生存なら $v^{n-t}$)と置けば $E(Z) = \Aendow{x+t}{n-t}$、$E(Z^{2}) = {}^{2}\!A_{x+t:\angl{n-t}}$ なので

$$\sigma^{2}\left(\Aendow{x+t}{n-t}\right) = {}^{2}\!A_{x+t:\angl{n-t}} - \left(\Aendow{x+t}{n-t}\right)^{2}$$

です。左肩の2は、利率を $(1+i)^2-1$ に取り替えた現価を表す記法です。2乗の期待値が、利率を取り替えた同じ形の記号で書ける——ここが ${}^{2}\!A$ という記号の存在理由です。

係数を整理すると答えの形になる

あとは $\left(P/d + 1\right)^2$ を整理するだけです。養老保険の平準純保険料は

$$P = P_{x:\angl{n}} = \frac{\Aendow{x}{n}}{\aaxn{x}{n}}$$

また、養老保険には $\Aendow{x}{n} = 1 - d\,\aaxn{x}{n}$ という基本関係があります。これを使うと

$$\frac{P}{d} + 1 = \frac{\Aendow{x}{n}}{d\,\aaxn{x}{n}} + 1 = \frac{\Aendow{x}{n} + d\,\aaxn{x}{n}}{d\,\aaxn{x}{n}} = \frac{1}{d\,\aaxn{x}{n}}$$

分子が1になりました。したがって

$$\sigma^{2}\left(\resv{t}{x:\angl{n}}\right) = \frac{\sigma^{2}\left(\Aendow{x+t}{n-t}\right)}{d^{2}\,\ddot{a}^{2}_{x:\angl{n}}}$$

さらに $d\,\aaxn{x}{n} = 1 - \Aendow{x}{n}$ を使えば、2つ目の表記

$$= \frac{\sigma^{2}\left(\Aendow{x+t}{n-t}\right)}{\left(1 - \Aendow{x}{n}\right)^{2}}$$

も得られます。証明終わりです。

この結果が言っていること

分子は「$t$ 年後から見た養老保険の給付現価のばらつき」、分母は契約時点で決まる定数です。つまり将来損失のばらつきは、残り期間の給付現価のばらつきを、契約時点の水準で割ったものになります。保険料の水準は分母にまとめて吸収され、ばらつきの源は給付現価ひとつに絞られる、という構造です。

ここで注意が要ります。分母の $1 - \Aendow{x}{n}$ だけを見て「これが小さければ分散が大きい」と言うことはできません。年齢や保険期間を動かせば分子の $\sigma^{2}\left(\Aendow{x+t}{n-t}\right)$ も同時に動くからです。極端な例として1年満期の養老保険($n=1$、$t=0$)を考えると、死亡しても満期でも1年後に1が支払われるので給付現価は $v$ で確定し、分子は0、したがって分散も0になります。期間を短くすればばらつきが増える、というわけではないのです。

この式から読み取れるのは、分子と分母の役割の分かれ方までです。大小の議論をしたいときは、両方の変化を見る必要があります。

つまずきポイント:$\aann{s}$ の書き換えを思いつけるか

この証明の成否は、$\aann{s} = (1-v^s)/d$ を代入する一手にかかっています。これを思いつかないと、2乗した式の項が増え続けて収拾がつきません。

この関係自体は第1章で出てくる基本式です。確定年金現価を現価率の1次式に直すと、$s$ への依存が $v^s$ 1つに集まる。分散を計算するときは「確率変数への依存を1か所に集める」のが定石で、この書き換えはその典型例です。

同じ手は、積立の不足を埋める保険料の記事で扱った変形でも使いました。第1章の関係式が、後の章の証明で繰り返し効いてきます。

まとめ

  • 責任準備金は「将来給付の現価 - 将来保険料の現価」という将来損失の期待値。$\sigma^{2}(\resv{t}{x:\angl{n}})$ はその将来損失の分散を表す略記。
  • 計算の一手は $\aann{s} = (1-v^s)/d$ の代入。損失が $v^s$ の1次式になり、$s$ への依存が1か所に集まる。
  • 1次式の分散は $\sigma^2(aX+b) = a^2\sigma^2(X)$ で定数項が消える。教科書の解答で項が打ち消し合うのはこのため。
  • 係数は $P/d + 1 = 1/(d\,\aaxn{x}{n})$ と整理でき、分母が $d^2\ddot{a}^2$ または $(1-\Aendow{x}{n})^2$ になる。
  • ばらつきの源は残り期間の給付現価だけで、保険料の水準は分母の定数に吸収される。ただし分母だけを見て分散の大小を論じることはできない(分子も同時に動く)。